激流と化していた時代の流れ
元・第三騎士団長グスターヴォ・バルバーリ。
現役のころは最後の老将などと呼ばれていたらしい。
すでに六十すぎの老人である。
彼は栄光ある騎士団長として数々の功績を残してきたが、騎士人生の最後になってまさに晩節を穢した。
彼は配下である旧・第三騎士団を使い、人質を取って立てこもるという凶悪なテロ事件をおこした。
彼らの要求は『世界中の悪魔を討伐する大遠征計画を実行してもらいたい』というものである。
しかし魔王戦役の大損害によって、聖都にそんな資金はなかった。
だから一度は廃案とされたのだが、彼らは納得できなかったのである。
こんな暴挙をおこなえば当然彼らの命はない。
だがそれでも良いという、おそるべき覚悟で彼らはこの暴挙にのぞんだ。
命も名誉もいらぬ、ただおのれの思い描く騎士道に殉じたい。
狂気と純粋さが複雑怪奇に入り混じる、恐るべき大暴走であった。
しかし結局は聖女と皇女の活躍によって計画は大失敗に終わる。
旧・第三騎士団の主だった者たちはみな逮捕され、公正な裁判にかけられた。
首謀者であるグスターヴォ・バルバーリには死刑が言いわたされ、執行の日を待つばかりだった……のだが。
事件があったその日から今日にいたるまで、聖都はたび重なるトラブルの日々であった。
そのため裁判がおこなわれるのも、判決が言い渡されるのも、刑の執行日が決まるのも延期につぐ延期が発生。
グスターヴォ本人ですらもう自分の人生は終わったと思っていたのに、なぜか彼は、いや『彼ら』はまだほとんどが生きていた。
勇輝は学友であるダリア・バルバーリから『祖父たちがまだ生きている』という話を聞かされていた。
命をかけて殺し合いをした相手だが、どうも憎みきれなかった男たちである。
旧第三騎士団の戦い方は、極悪人どものくせに妙に純粋だった。
負けたあとも非常にいさぎよかった。
だからなんとなく『もったいないな』と、そう思っていたのである。
今、聖都には戦力がたりない。
そして不思議な偶然で彼らはまだ生きていた。
これもなにかの縁だと思い、勇輝はヴァレリアと教皇にワガママを言ってみたのだ。
そこで二人は新教皇即位に関しての特赦として解放しよう、という『いいわけ』を思いつき、グスターヴォたちを牢から出したのだった。
軍本部の広場に旧・第三騎士団の罪人たちは集められていた。
誰に命令されたわけでもないのに、厳格な序列順で整列している。
聖騎士の身分を剥奪されてもなお、彼らの魂には騎士道がやどっていた。
なぜ今さらこの広場に集められたのか?
理由はすでに聞かされている。
国家の危機、そして世界の危機が発生したのだと。
――まだ志があるならば戦場へ征け。
そう呼びかけられて応じた集団だった。
彼らは今、指揮官の到着を待っている。
グスターヴォ以外に彼らの将は存在しない。
グスターヴォ団長の参加を聞かされたからこそ彼らはふたたび過酷な戦場へ立つ決意をしたのだ。
整列してからかれこれ30分は待っただろうか。
空から二機の守護機兵が降下してきた。
一方は聖女の愛機クリムゾンセラフ。
かつて敵として戦った相手だ。
もう一方は見たことのない緑色の熾天使タイプ。
自分たちが閉じ込められているあいだにこんな新型が……?
真新しい機兵を見上げながらそんなことを考えていると、搭乗席のハッチが開いた。
プシューッ!
開かれたハッチの奥から姿を見せたのは彼らの将、グスターヴォ・バルバーリ。
「だ、団長!」「団長!」
「お前たち、また会えたのう!」
老将は機兵の手に乗ってゆっくりと地上に降り立った。
まさか生きたまま再会する日が来ると思っていなかった男たちは、老将の姿を見て感激する。
しかし、次の瞬間。
緑色の新型機から老将の孫娘、ダリア・バルバーリが出てきたのを見て男たちは言葉をうしなう。
熾天使タイプは人の身体に鳥の翼をはやした、六肢の飛行タイプ。
きわめて操作難度の高い守護機兵だ。
まったくの未経験だったダリアにあつかえるわけがないのに。
おどろきはまだ終わらない。
クリムゾンセラフから勇輝も降りてくると、二人は同時に魔法の指輪をかかげ、それぞれの守護機兵を指輪の中に収納してしまった。
旧第三騎士団の男たちが聖女と戦った時には存在しなかった技術である。
あの日、クリムゾンセラフは二羽の《銀の鷹》によって空輸されてきたはず。
「お前たち、すっかり世の中は変ってしまったようだぞ」
グスターヴォも自分の顔をボリボリとひっかいて苦笑するしかない。
まだたったの数か月間しかたっていないのに。
牢に閉じ込められていたわずかな期間のうちに、守護機兵の常識はまったく新しいものへと進化していた。
しかしのんびり世の中の変化を楽しんでいるヒマはない。
男たちにはさっそく新しい守護機兵があたえられた。
人工知能搭載型、六肢の飛行タイプである。
もちろん魔法の指輪で収納することもできる。
旧態依然とした《兵卒》しか知らない男たちは、突然こんなものをあたえられて嬉しいような嬉しくないような。
なんとも複雑な表情になっていた。





