窮余(きゅうよ)の一策
エンリーケ=カリスの宣戦布告をうけた教皇イナケンティス四世は、ただちに動いた。
迷っている時間などなく、また迷うほど豊富な選択肢もなかった。
当日のスケジュールはすべてキャンセルし、お忍びの服装で馬車に乗って外出する。
行き先はベルモンド邸だ。
「お願いだよヴァレリア。
今すぐこの瞬間に軍務省長官に復任してくれ。
この国難に対応できるのは君しかいないんだ」
話し方がイナケンティス四世からマッテオ・デ・チェンタに戻っていた。
彼は目の前にいるヴァレリア・ベルモンドという女性が、けっこうプライドが高くて根にもつ性格だということを知っている。
だから相手を呼びつけるのではなく自分から出向いてきた。
そして最高権力者として命令するのではなく、友人としてお願いしている。
ここで変にこじれてしまうと、本当に手遅れになる。
「君と聖女の力がどうしても必要だ。
是非とも頼む」
聖騎士団の主力は半壊状態。
攻めよせてくる相手は半壊させた張本人エンリーケ=カリス。
騎士団総長+五大騎士団という新体制はたった一戦で崩壊。
第二、第五両騎士団は損害が深刻ですぐには立て直せない。
万全なのは居残り組だったリカルド・マーディアーの第三騎士団とランベルト・ベルモンドの遊撃隊のみ。
こんなボロボロの状態で、ド素人のデ・ブッチ長官になにができるというのか。
100%確実に敗北は見えている。
何よりデ・ブッチ本人があっさり戦意喪失していた。
これはもう聖女の奇跡にすがるしかない。
そして聖女と軍を連携させるには、ヴァレリア・ベルモンドが長官に戻るのがもっとも効率的だ。
ユウキとヴァレリアがふたたび参戦してくれるなら、民衆による戦費の寄付もはかどってくれるに違いない。
教皇が矢継ぎ早に語るのを聞いて、ヴァレリアはつい苦笑した。
「どうやら軍務省長官がつとまる人間は、目の前にもいらっしゃるようですよ」
イナケンティス四世のほうが、デ・ブッチなどよりよほど状況が見えている。
それをヴァレリアは笑うのだった。
「……それって教皇と比べてどっちが楽できる?」
「まあまあ、どうでしょう」
おどけてみせる二人であったが、ふざけてばかりもいられない。
真面目な顔にもどってヴァレリアが語りはじめた。
「誤解のないよう申し上げておかねばならない点がございます聖下。
たとえわたくしが長官であったとしても、今回の敗戦は避けられなかったものと存じます」
「……聖女が同行していたとしても?」
「ユウキならば何か役には立ったと思われます。
しかし敗北を勝利に変えるとまでは、さすがに」
たとえば勇輝がフルパワーを出せば、地形をねじ曲げて林道を広げることもできただろう。
脱出ルートを新しく作ることもできたかもしれない。
だがそれはあくまでも損害をへらす行為でしかなく、勝利の栄光にはとどかない。
結局いきなり挟み撃ちにあったこと。
それが絶望的にきつい。
第四騎士団長フォルトゥナートの裏切りを事前に見破れなかったことが原因だ。
彼に疑わしい要素はいくつかあった。
しかしいくら調べても決定的な証拠はなにも見つけられなかったのである。
完全にうまく欺かれてしまった。
「この状況からの打開は容易ではありません。
相当の無理を通す必要がございます」
「大丈夫だよ、僕は教皇だからね」
ドン、と胸をたたくイナケンティス四世。
「では……」
ヴァレリアは胸中の秘策を口にした。
「ええっ!?」
教皇は目を大きく見開き驚愕する。
「それはまた、聞きしに勝る無茶だなあ!」
言ったヴァレリアも苦笑する。
軍の上層部が根こそぎ居なくなった今だからこそ可能な暴挙である。
しかしイナケンティス四世はヴァレリアの秘策を結局はうけいれた。
たしかにそれしか方法はなさそうだ。





