悪魔の研究~なぜアナテマは悪魔を支配できるのか~
大森林にある《呪われし異端者たち》の地下城。
元・城主であるエンリーケ=カリスは悪魔の大軍を率い、今まさに出陣するところであった。
エンリーケは愛機黒天使に乗り、自信にみちた声で双子の妹を挑発する。
『ユーリよ、この戦が終わるころには聖イグナティウスの気持ちも変っていよう。
仮の王としてせいぜい玉座を守っておれ!』
「……ご武運をお祈りしております、兄上」
『フン! それでいい!
この俺の勝利を、指をくわえて見ているがいい!』
初戦の大勝利にすっかり気を良くして、エンリーケはすでに英雄気どりである。
もともとの傲慢な性格に拍車がかかって、もうだれにも止められない。
しかし見かたを変えれば自信に満ちた頼りがいのある姿とも言える。
温厚で荒っぽいことを好まないユーリより、将として頼もしく見えるのは事実だった。
『ゆくぞ悪魔たちよ!
貴様らのたまりにたまったラツィオへの恨み、ついに晴らす時がきたのだ!』
グオオオオオオオッ!!!
悪魔の群れが一斉に歓喜の雄叫びをあげる。
もし聖都の者がこの光景を見たら、ありえないとつぶやいて自分の頬をつねることだろう。
本来、悪魔は相手を選んだりしない。
すべての人間をひとしく憎み、恨み、発見と同時におそいかかってくる。
聖都のみならず、《呪われし異端者たち》以外の人類すべてにとって、悪魔とはそういう存在なのだ。
そんな悪魔を支配する『技術』。
それがあるからこそ、《呪われし異端者たち》は少数勢力でありながら国家の脅威になり得ている。
「ユーリ様」
兄を見送る女王の前に、無二の忠臣である魔人グレーゲルが進み出た。
彼は床にひざをつき、主君に出立の挨拶をする。
「私もリグーリアの守りに行ってまいります」
「うん。リグーリアは我々の重要な拠点だ。
お前にしか任せられない、よろしく頼む」
「ははっ」
「くれぐれも無茶はするな。
どうせ先の長い戦いになる。
私にはお前が必要なんだ」
「光栄至極……!」
魔人は感動に肩をふるわせながら、姿を消した。
聖都侵攻部隊。
リグーリア防衛部隊。
そして本拠地である大森林防衛部隊。
《呪われし異端者たち》は戦力を三つにわけてこの世の運命を決める戦いを始めた。
何もない宇宙空間に、二人の超越者の姿があった。
一人は聖女エウフェーミア。
もう一人は聖女の師、聖イグナティウス。
二人の眼下には光り輝く世界がある。
世にも美しい光景を見下ろしながら、イグナティウスは口を開いた。
「きっかけはな、とある平凡な男の復讐心にすぎなかったのだ」
師は弟子に講義をしていた。
この世界の誰もが不思議に思い、そして欲してやまない知識についてである。
「男は死ぬまで聖都のことを恨んでいた。
周囲にも恨み言をつぶやきつづけ、似たような感情を植え付けていった。
しかし老衰で死んだ。
実際に復讐をおこないはしなかったのだ。
男は執念深く死ぬまで聖都を恨みつづけた。
男の周囲の人間たちも自然と聖都を恨むようになった。
結果、聖都を恨む感情で悪魔が発生した。
たしか、オオカミではなかったかな。
平凡な男らしい、じつに平凡な姿をした悪魔だ」
「はい」
長いセリフ、要領をえない会話。
内心イライラしながらエウフェーミアは師匠の言葉を根気強く聞き続ける。
「平凡な姿の悪魔ではあったが、しかしめずらしい特徴があった。
男の復讐心によって生まれたオオカミは、聖都の者以外を敵だと認識しなかったのだ。
男はひたすらに聖都を恨んで死んでいった。
逆にいうと聖都以外のことにあまり興味をもてない男だった。
だから、男から生まれてきた悪魔は、聖都以外に興味をもたない特殊個体となった」
「ああ! そういうことだったんですか!」
エウフェーミアはおどろきの声をあげた。
悪魔の材料となるのは人間の悪感情。
その悪感情がいびつにかたよったものであれば、生まれてくる悪魔もいびつな存在になる。
「あとは分かるな。
基礎理論を理解した《呪われし異端者たち》たちは、自分たちの不平不満すべてを『聖都が悪い』『聖都のせいだ』として責任転嫁しつづけたのだ。
骨は理屈で考えないことだ。
嵐が来るのも聖都のせい。
老人が老衰で死ぬのも聖都のせい。
人間が空を飛べないのも聖都のせい。
この世の不都合はすべて聖都のせい。
そう考えることによって、《呪われし異端者たち》の周囲に発生する悪魔は、《呪われし異端者たち》を恨まない悪魔ばかりになる」
「……おぞましい。
人として不自然すぎではありませんか」
「だが合理的だ。
身内のせいにしないおかげで、身内同士のあらそいも減った。
人と悪魔のあいだに親近感が芽生えるようにもなった。
同じ敵を憎むもの同士の、連帯感というやつだ。
人と魔、二つの間に共有できる感覚が生まれたことによって、人魔融合という新たな段階がはじまった。
白髪妖眼の魔人が誕生したのである。
両者の特徴をそなえた魔人の誕生によって、研究はさらに進んだ。
何世代もの年月をかけ、とうとう《呪われし異端者たち》は悪魔を洗脳、操作することも可能になったのだ」
まさに悪魔的な研究の日々を明かすイグナティウス。
感情の起伏に乏しい彼であったが、それでも多少得意気な態度に見えた。





