第二十八話 戦慄(せんりつ)のベアータ
敵の魔の手から逃れた勇輝は一人、誰もいない廊下を歩いていた。
さっさとヴァレリア様を探し出さなければ。
あとジゼルの事も心配だ。
外の騒ぎも気になるし……。
「まったく正義の味方は忙しいぜ」
肩をすくめてため息をついた。
だが愚痴ばかり言ってもいられない。
「とりあえずヴァレリア様を見つけないとな、どこにいるんだろう」
勇輝がいた牢屋は他に囚人の気配がなかった。
いったいどこに監禁されているのだろう?
「キャーッ!」
突然女の悲鳴が上がった、上の階だ。
「まさか、さっきの殺し屋どもがヴァレリア様を!」
ドカッ!
勇輝は壁を蹴ってその場にはしごを作ることにした。
メキメキメキメキ……!
足元から天井に向かって、即席のはしごが出来上がっていく。
この方が階段を探すよりはるかに早い。
バカッ!
天井に穴を開けて上階に上がる。
廊下の先に装飾のほどこされた豪華な扉があった。
おそらく管理職の執務室かなにかだ。
中から女の騒ぐ声と大きな物音が聞こえる、急がねば。
勇輝は全力で駆け寄った。
「待ってろ、今すぐ……ギャッ!」
ドアノブに手を当てると、突然強力な電気ショックが襲いかかった。
あわてて手を放すと、ドアノブの周辺に青白く光る魔方円のような物が浮かび上がってきたではないか。
魔法円はバチバチッと火花を散らせていた。
「何だこれ、電撃魔法か!?」
この中に強い力を持った魔法使いがいる。
勇輝の身に緊張が走った。
「誰かが罠にかかったようね」
その愚か者が痛がる様を思い浮かべて、ベアータは愉快そうに微笑んだ。
「さあ、今度はあなたの番よジゼル。あなたの大好きな旦那様と同じ方法で殺してあげる」
血塗られた錐刀を向けられて、ジゼルは後退りしながら声を荒げた。
「う、うそだもん。旦那さまは死んでなんかいないもん!」
「嘘かどうかすぐにわかるわ。ええ、すぐに」
「お、おかしいよ、あなた変よ!」
ベアータの顔から、表情が消えた。
「変に見えるのは、あなたが何も知らない盲目の羊だからよ。
頭の中がお花畑のあなたには、この世界がどれほど歪み、汚れているか分からないでしょう」
「え……?」
「口では奇麗な言葉を並べながら、腹の底では争う事ばかり。
騙し合い、奪い合い、殺し合い……!
こんな世の中、一度滅びてしまえばいい!」
「な、なに言ってるの」
壁際でふるえるジゼルに向かって、ベアータは凶器をかまえた。
「主の御許でゆっくり見ているといいわ。
我々が世界を救済するところをね!」
「やめろ!」
勇輝がドアを蹴り倒して飛び込んできた。
左右の手に強化した剣と盾をかまえ、鋭い目つきでにらむ。
ベアータは少し不思議そうにたずねた。
「あら、その扉は電撃魔法で封じてあったのですけれど?」
「ドアノブ限定だろ。
だから壁のほうをガバガバに変形させて、枠ごと蹴り倒したんだ」
「まあ野蛮な事」
「うるせえっ!」
勇輝の力まかせな一撃を、ベアータは軽々とかわした。
「お粗末ね、生身の闘いはお苦手?」
「だからうるせえって……うおっ!?」
また空振りさせられた隙にベアータは腕をつかみ、足を引っ掛けて勇輝を投げ転がした。
「ちょうど良い機会ですから、あなたも一緒に殺してあげます!」
「ざっけんな!」
体重の乗った突きを、勇輝は盾で受け止めた。
だがベアータの魔力をこめた鋭い刺突は鉄でコーティングされた盾をも突き破り、勇輝の左腕を貫通する。
腕の外側から侵入した錐刀は、肉を抉り、骨を削り、鮮血とともに内側から突き出した。
「痛ッ……!
ウワアアアアア!」
想像をはるかにこえる激痛に、勇輝は理性が飛んでしまった。
思いもよらぬほど大きな悲鳴が喉からあふれる。
武器を奪い取ろうという考えも出てこなくなるほど、心がかき乱されてしまう。
「痛いでしょお嬢さん。こんなにつらい思いをするの、生まれて初めてなんでしょ!」
ベアータは貫いた盾ごと勇輝を踏みつけ、錐刀を抜いた。
「ウウゥッ!」
抜くときもまた深刻な激痛。
勇輝はあお向けに倒れる。
「さあ地獄に落ちなさい、聖女の名を汚す偽りの魔女よ!」
体勢を立て直す間もなくベアータの追撃が迫る。
勇輝はこれでは駄目だと思いつつも、盾で自分の身をかばう事しかできなかった。
だめだ、殺される!
そう思った時だった。
「……クッ!?」
ヒュウゥン……!!
鋭い音を立てた何かが、ベアータの眼前を高速で横切った。
横切った謎の物体はそのまま奥の壁に突き刺さる。
それは見覚えのあるハーブスティックだった。
「間に合いましたか」
「クラリーチェ!?」
新しい棒をくわえながら立っていたのはベルモンド家の女騎士、クラリーチェだ。
さらにその横から、ランベルトが風のような速さでベアータに迫る。
「邪教の輩め、正義の剣を受けてみよ!」
閃光のような斬撃を、ベアータはかろうじて受け流した。
だがランベルトは立て続けに下から上へ、右から左へと斬撃を見舞う。
長剣を小枝のように軽々と振り回す彼の技量に、小さな武器しか持っていないベアータはたちまち劣勢になった。





