独立、そして宣戦布告
失望と喪失感の連鎖はまるでドミノ倒しのように、順番に聖都のすみずみまで拡散していった。
まずは軍内部。
そして政庁。
次に聖職者たち。
上記三カ所から、それぞれが情報を拡散していく。
聞いた者はまた次の者へ。
うわさ好きの聖都住民たちは、この大事件を大声で周囲にバラまいていった。
《呪われし異端者たち》討伐の聖戦は大失敗した。
北伐部隊は半分も死んで逃げ帰ってきた。
意気揚々とカッコつけて行った騎士団総長フリードリヒもあっさり死んでしまった。
こんなことになったのはつまらない権力闘争などで長官の地位を決めてしまった為政者たちのせいだ。
つまるところトップが、新教皇イナケンティス四世が悪い。
どうしてデ・ブッチみたいなシロウトを軍務長官にしたのか。
こんな論調で民衆は批判しはじめていた。
「……と、まあこういったわけで、退却せざるをえなかったという報告を今朝うけたわけでして、はい……」
教皇以下、新政権のおもだった者たちが居並ぶ会議室内。
針のむしろのような空気の中、マヌエル・デ・ブッチ軍務長官は悪夢のような報告を終えた。
ハア……。
複数のため息が聞こえる。
無理もない、非常にまずい状況だ。
ため息のひとつもつきたくなる。
「どうします」
「どうしますといっても、これは……」
聖都住民百万の生活を支える最高指導者たちは、誰もが頭をかかえてしまった。
取り返しのつかない大失敗である。
戦死者たちの遺族にどう申し開きすればよいのか。
高額の特別予算を割いたのも完全にパーである。
デ・ブッチ長官が退任してもとうてい責任を取りきれず、もはや新教皇イナケンティス四世の立場すらあやうくなってきた。
教皇とはたんに宗教上もっとも偉い人、というだけではない。
全知全能なる神の代行者を自称していた。
神の名のもとに世界の頂点に立つ究極の絶対者であり、愛と正義の象徴である。
その教皇が決定した聖戦に敗れたということは、教皇が絶対者ではなかったということになる。
神の代行者ではなかったということになる。
これは単に一回負けたという軽い話ではなく、教皇・聖都・宗教その他もろもろの存在意義をあやしくする大失態であった。
このままではいけない。
誤魔化さなくては。
どんなに見苦しくても、馬鹿にされ笑われようとも。
少しでも教皇の責任問題を回避し、下の者たちのせいで失敗したのだということにしなくてはいけない。
「フリードリヒ総長の無能ぶりはひどいものでしたな。
一番奥で守られているトップがあっさり死ぬとはなんという醜態か」
「もっともなご意見です。
第四騎士団長が裏切ったという話ですが、そもそも第四の団長は彼の側近みたいなものだったはずでしょう。
身近に裏切り者がいるのに気づかないとは、どうしようもない愚物ですな」
「そもそもけしからんのはリグーリアでしょう!
なぜ連中は協力を拒否したのだ!」
「そうだ! かの街は聖都の衛星都市にすぎぬというのに国家の命令を無視した!
このままで済ますわけにはいかぬ!」
「そうだそうだ!」
会議がはじまった時には意気消沈していた老人たちも、失敗の犯人さがしをしているうちにだんだんヒートアップしてきた。
いくらかお芝居や自己演出の要素がまじっている。
無理にでも自分を奮い立たせておかないと、ストレスで老体がまいってしまいそうなのだ。
あれやこれやの議論を交わし、彼らは自己弁護の中身を煮詰めていく。
小一時間ほどの議論でそこそこの形にまとまりつつあったが、しかし彼らがまったく予想もしていない可能性があった。
それは追加で問題が発生する可能性である。
コンコン。
会議室のドアがノックされた。
室内を警備していた警官が応対する。
やって来たのは外務省の上級職員だ。
封されたままの親書を大事そうに持っている。
職員は聖都でもっとも偉い人物たちが集まる場に足を踏みいれて、非常に緊張している様子だった。
「み、皆様方失礼いたします。
ただいま伝書鳩が飛んでまいりました。
リグーリア行政庁からです」
ザワッ!
室内がにわかにさわがしくなった。
こちらからどう責めてやろうかと相談していたところに、まさかむこうから手紙をよこしてくるとは。
いい度胸だ、どうしてくれよう。
「内容は!」
外務長官がきつい口調で問いただす。
が、職員は首を横にふった。
「ま、まだわかりません。
わたくしごときが開封するわけには」
実にもっともな返事だったので、外務長官は手紙をひったくった。
そして教皇の御前に手紙を差し出す。
教皇イナケンティス四世は外務長官にまかせた。
「みなにも伝わるよう、読み上げてもらえるかな」
「はっ」
外務長官は封蝋を割り、ふたを開ける。
しかしその瞬間。
ボオオン!!
「ウワーッ!?」
封筒から爆音とともに大量の煙があふれ出した!
煙は普通の倍ほども大きな人の姿となり、傲慢に笑う!
『フッフッフッフ!
ごきげんようラツィオの諸君!
そろそろ無様な敗北を知って、さぞ意気消沈していることと思う。
我はエンリーケ=カリス!
世界の王となる男である!』
「な、なにをバカな!
聖下の御前でなんと恥知らずな!」
誰かが反射的に怒鳴った。
だがエンリーケはまるで反応しない。
これは通信ではなく、ただのビデオレターだった。
『この親書を送った理由は他でもない、リグーリアの今後についてである。
リグーリアは正式に我ら《呪われし異端者たち》のものとなった!
これはいわゆる独立宣言である!』
得意満面の笑顔でエンリーケは一方的に語りつづける。
全く予想外の展開に、居並ぶ権力者たちは言葉もない。
『我らはこれより真の理想郷を実現させるため、世界の浄化をはじめる!
手始めとして貴様らラツィオの民に宣戦布告する!
これより数日以内にその背徳にみちた都を廃墟にしてくれよう!
首を洗って待っておれ!
ハッハッハッハッハッハ……!!』
ボオオン!!
エンリーケの姿は爆発し、ただの煙となって飛び散った。
老人たちは煙を吸いこんで激しく咳き込む。
「なんということだ、独立だと!?
こ、こんな馬鹿なことを認められるわけがない!
すぐに戦いの準備をせよ!」
教皇イナケンティス四世がデ・ブッチ軍務長官に命じる。
だがデ・ブッチはガタガタとふるえ出した。
「は、はい。はい。
し、しかし、しかしですよ」
「なんだ!」
煮え切らないデ・ブッチの態度に怒りをあらわす教皇。
だがつづくデ・ブッチの言葉を聞いて、彼は顔色を真っ青にかえた。
「ほっ、ほんの数時間前に惨敗して逃げ帰ってきたばかりなのですよ?
ど、ど、どうやって戦えとおっしゃるので……?」
この場にいるのは軍事の素人ばかりである。
だれも答えることができなかった。





