敗戦の責
草食獣型悪魔を殲滅。
第四騎士団の撤退。
これをもって北伐部隊の戦いは事実上終了した。
敵は追撃をあきらめたらしく、新しいトラブルは何ごとも起こらず聖都まで帰還することができた。
生き地獄から生還できたことに歓喜し、神に感謝する聖騎士たち。
しかし第二騎士団長ベランジェール、第五騎士団長マキシミリアンの両名にはまだ厳しい仕事が残っていた。
軍務長官への報告である。
「はあ……」
重いため息をついてうなだれるベランジェールに対し、マキシミリアンは気づかいを見せた。
「心配はいらない。
報告は私がする。
君はただ横に立っていればいい」
正面を向いたまま、ムッとしたしかめっ面で短くそう言う。
なんだか鋼鉄の守護機兵をそのまま人間サイズにちぢめたような態度だ。
ピクリとも笑わぬ鉄面皮。
心身ともに疲れ切っているだろうに、背筋が曲がることもない。
戦う男の顔になっていた。
戦場で過酷な最前線を指揮した彼だが、今度は世の中の批判を最前線で受け止めるつもりでいるらしい。
それもたった一人で。
(それじゃ兵力足りないでしょ、もう)
さすがのベランジェールも放置はできないと思った。
「……なら、おなじ戦術で」
「む?」
たどたどしい口調で、意見をのべた。
「ま、またあなたが前衛で、あたしが後衛。
後ろで見ていたあたしの方がくわしい部分もあるだろうし。
だから、情報がたりないところがあったら、あたしがフォローしようかな……なんて」
「む……」
マキシミリアンはだまってしまった。
古風な男だから、プライドを傷つけてしまったかもしれない。
(やっちゃったかなー)
余計なことを言ったか、と後悔する。
だがマキシミリアンは礼を言った。
「助かる。お言葉に甘えよう」
「あ、はい!」
意外とあっさり受け入れた。
先の戦闘でベランジェールの評価が上がっているのかもしれない。
新人事で軍務省長官になった人物は、名をマヌエル・デ・ブッチ氏という。
脂ぎった丸顔で頭髪のうすい、初老の男性。
良くも悪くも一般的な能力の人物だ。
「な、な、な……」
ズルズルズル……ドデェン!
生き残った騎士団長二人の報告を聞いて、デ・ブッチ長官はイスから転げ落ちた。
第四騎士団長の裏切り。
騎士団総長および第一騎士団長の戦死。
全体の約半数を失い、逃げ帰ってきました。
デ・ブッチ氏は長官なので、この大敗北の責任をとらなければいけなくなったのである。
「しし知らん! わしはそんなこと知らんぞぉ!」
床にへたりこんだままデ・ブッチ氏は責任逃れの言葉をわめく。
わめきたくなる気持ちは分かる。
今回の聖戦は教皇以下、政庁のおもだった者が後押しして決定されたことだ。
騎士団総長フリードリヒも大いに乗り気であった。
民衆だって熱狂的に支持してくれた。
誰もが賛成していたのだ。
それなのに失敗の責任をとらされるのは自分一人。
そんなバカな話があってたまるか。
デ・ブッチ氏にとって今回は初仕事である。
彼は宗教家兼政治家であって軍人ではない。
聖戦の準備そのものは軍本部の部下たちや騎士団総長、あとは目の前にいるマキシミリアンやベランジェールなどがおこなっている。
初心者のデ・ブッチ氏はイスに座って書類にサインをしただけであった。
他の長官がほとんどそうであるように、彼もまた長年にわたる出世競争の勝者としてイス取りゲームに勝利した。
その結果によって軍務省長官という超重要ポストをゲットした、それだけの人物だ。
聖騎士団にくわしいわけでも、ましてや愛情や尊敬の思いをいだいているわけでもない。
ただ出世して高い身分をえる、というイス取りゲームに勝っただけ。
無難に任期をすごせればそれで良かった。
しかし就任早々、このすさまじいトラブル発生である。
『わしは巻き込まれただけだ!』
そう言いたくもなる。
だが問題は誰も彼の言いぶんを許さないだろう、ということだ。
前教皇暗殺から一連の流れでこの戦いは開始された。
ならば長官になる前から報復戦争をやらねばならぬ、という状況は百も承知だったはずだ。
そして実際様々な書類にサインを書き、北伐部隊の出撃を承認しているではないか。
責任が無いわけがない。
責任はあるのだ、はっきりと明確に。
「な、なんということだ……なんという……」
おのれの悲運を嘆くデ・ブッチ長官。
しかし騎士団長二人にはなぐさめの言葉なんて言えるはずもない。
自分たちが負けたからこんな事態になっている。
なぐさめなんて言える立場にない。
伝えるべきことは伝えてしまったので、二人は退室した。
「なんかかわいそうですねぇあの人」
ベランジェールは廊下の途中でマキシミリアンにつぶやいた。
「うむ、だがどうしようもあるまい。
人の身を案じている場合でもないしな」
デ・ブッチ長官はこれから教皇聖下に呼び出されて聖戦の失敗を報告しなければならない。
間違いなく人生最悪の瞬間となるだろう。
そしてそれはベランジェールとマキシミリアンにも言えることだ。
敗軍の将として、つらい未来が予想された。





