悪夢のような悲報
深夜になってもたらされた急報を、軍本部の夜勤組は信じることができなかった。
騎士団総長フリードリヒ・フォン・ギュンダーローデ戦死。
第一騎士団長エーリッヒ・フォン・クロイツァー戦死。
そして第四騎士団長フォルトゥナート・アレッシィの裏切り。
現在第二騎士団長、第五騎士団長の両名が生存者を指揮し、聖都へむかって敗走中。
裏切り者の第四騎士団から追撃を受けている。
至急の援軍を求む。
報告してきた者は間違いなく北伐に参加した第五騎士団所属の聖騎士だ。
そこは当然キッチリと確認している。
彼は遠隔通信がとどくギリギリの距離まで全力で駆けてきたらしく、疲弊しきっていた。
しかし内容があまりにも凄惨すぎたので、素直に了解したと答えることができない。
むしろこの男こそ裏切り者で、虚報をもって軍を攪乱しようとしているのではないか。
そんな風にさえ思えてしまう。
『こうしている間にも仲間が戦っているのだ!
さっさと遊撃隊をたたき起こせ!
それとも貴様らに責任が取れるのか!』
第五騎士団の伝令兵は、まだ戦闘中という認識であったため非常に殺気立っていた。
水晶スクリーンを突き破って出てきそうな迫力におされ、夜勤組は遊撃隊に緊急出動を命じる。
同時に軍務省長官にも緊急連絡をおこなったが、こちらは連絡がつながらず翌朝の報告となった。
ヴァレリア・ベルモンドが長官だったころにはあり得なかったことである。
「……信じられん、第四が裏切っただと?
だからといって総長が真っ先に死ぬなどと……!」
ブツクサ言いながらランベルトがベルモンド邸の廊下を駆ける。
寝ていたところをたたき起こされて軽くパニック状態だ。
「んあ……、待ってぇ兄貴……」
ランベルトのうしろを、パジャマ姿の勇輝がノタノタとゾンビのように追いかける。
「寝ていろ!」
「いぐうぅうぅ~」
まだ半分以上意識が夢の世界にいるようだが、それでも行くと言ってきかない。
寝ぼけた義妹にかまっているヒマなどなく、ランベルトは庭へ飛びだすと魔法の指輪を夜空にかかげた。
「出ろ! 神鳥!」
指輪から銀色に輝く鳥人間、神鳥が姿をあらわした。
『どうぞ、隊長殿』
神鳥は地にひざをつくと礼儀正しく右手を差し出した。
指輪収納型にした段階で、この神鳥にも人工知能を搭載している。
ランベルトはシンプルにこの人工知能のことも神鳥と呼んでいた。
「状況は把握しているか」
『はっ、北部にて撤退中のお味方を支援することが任務です』
「よし、出るぞ!」
素早く乗り込むなり、銀色の機体は颯爽と夜空に飛び上がった。
神鳥は聖都最速のパワーをもつ機体だ。
一機だけなら夜明け前までに合流できそうだが、さすがにそれでは雑すぎる。
遊撃隊の空戦隊はランベルトと共に現地へ急行。
陸戦隊には補給物資をもって後から合流するように指示を出した。
『zzzzzz……』
「ん?」
スピーカーから何やらノイズのような、おかしな音が聞こえてくる。
「なんの音だ?」
『これはクリムゾンセラフからの音声です』
神鳥に言われてちょっとうしろをふり返れば、はるか後方を勇輝のクリムゾンセラフが飛んでいた。
『zzzzzz……』
これは勇輝のイビキだった。
どうにかクリムゾンセラフに乗り込んだまではいいが、座席で眠ってしまったらしい。
いま機体を操縦しているのは人工知能セラのようだ。
「まさか空で居眠り運転とはな」
馬車をあやつる御者が居眠り運転をするということはある。
なれた馬はある程度かってに進んでくれるからだ。
だがさすがに空で居眠り運転するのはあの聖女くらいのものだろう。
「もしかしてお前にも可能なのか、神鳥?」
『可能です。
ただし睡眠中にも魔力を消耗いたしますので、その点はご注意を』
「フッ、まあおぼえておこう」
部下たちと合流するために速度を落として上空で待っていると、クラリーチェから通信が届いた。
彼女は今でも長官の護衛長だ。
今夜は当直として新長官どのの自宅を警護しているはず。
『ランベルト、大変な夜になったわね』
「ああ、お互いにな。
長官殿はどうなさっておいでだ?』
クラリーチェはハアッ、とため息をついた。
『今夜はたいそう葡萄酒をたくさんお召し上がりになって、とてもご気分良さそうに睡眠中でいらっしゃいますわよ!』
嫌味たっぷりに吐き捨てる銀の乙女。
『たぶん朝までおきないわ』
「邪魔されないことを幸運だと思うことにしよう」
苦笑してそう答えるしかなかった。
通信を終えると、彼は夜空で孤独になる。
『zzzzzz……』
クリムゾンセラフからはまだイビキが聞こえていた。
こちらも朝までおきないかもしれない。
「まったく、なんて夜だ」
騎士団総長と第一団長が戦死。
けして友好的な男たちではなかったが、それでもひどく暗い気持ちになるのだった。





