聖騎士団に栄光あれ
もうすぐ第五騎士団の先頭が林道をぬける。
明るい出口が見えていた。
この地獄から出られる。
聖都へ帰れる。
皆の表情が明るさが戻ってきた、そんな時だ。
『急報!
後方より悪魔の第二陣が接近!』
ベランジェールは手で顔をおおった。
そのうち来るのは分かっていた。
分かっていたけれど。
これでまた人が死ぬ。
死にに行けと、自分は誰かに命令しなくてはいけない。
いっそ自分で行くほうが気楽なのだが、それもできない。
いまベランジェールは北伐軍全体の頭脳だ。
頭脳は最後の最後まで活動をつづけ、全体に指令を送りつづけなくてはいけない。
『後方の守りは、我々がうけたまわりましょう』
「えっ?」
危険きわまりない、というか十中八九は死ぬ役目にもかかわらず、立候補する者たちがあらわれた。
第一騎士団の生き残りたちだった、さらにその中でも負傷兵ばかり。
無傷の守護機兵に乗っているものは一人もいない。
半死半生の者もいた。
「あ、あなたたちが?
でも、その傷では」
『この機体では、もはや満足に逃げることもできません。
お味方の足手まといになります。
なので、我々はここで』
ここでお別れしましょう。
自分たちは人身御供となって悪魔をくい止めます、と。
人一倍プライドの高い貴族出身者たちが、そう言っているのだった。
生きて逃げ切ることはできそうもないが、悪魔をくい止めるエサになることなら可能だ。
なぜなら悪魔は人間が憎くて憎くてしかたがない、そういう存在だから。
死にかけだろうとなんだろうと、目の前に生きた人間がいるうちは他へ興味がむくことは無い。
どんなにボロボロになろうとも、心臓が動いているうちは襲わざるをえない。
だから彼らでもまだ全軍の役にたてる。
『許可をください、司令官殿』
彼らをかついだまま逃げるのは困難だ。
逃げ遅れているうちに追撃をうけて、よけいな損害を出すことになるだろう。
彼らをここで捨て駒にするのは、まことに、まことに、合理的ではあった。
――犠牲を出さずに逃げる方法なんて、無いんだよ。
つい先ほど自分で言った言葉を思い出す。
なんて重い、そして冷たい言葉だろう。
「き、許可、します」
口にしたとたん、ベランジェールは全身がガタガタと震え出した
なにか決定的な境界線を自分はこえてしまったのだと、そんな風に感じてしまう。
『了解!』
漢たちは仲間に背をむけ、凶獣の群れにむかっていった。
背をむけたまま、オープンチャンネルで広く味方たちに語りかける。
『諸君、我らはここまでだ。
健闘を祈る!』
声に混ざって漢たちの怒号と獣の咆哮が聞こえてくる。
『聖騎士団に栄光あれ!』
第一騎士団は各国から送られてきた王侯貴族の次男三男、あるいはそれ以降の者たちで構成されている。
通称《おぼっちゃん騎士団》。
ひ弱でお上品な彼らを侮辱する呼び名だ。
だがもう彼らを侮辱するものは一人もいない。
彼らはその身を犠牲にして勇敢に戦い抜き、そして気高き英雄たちとして称えられる存在となった。
『ウ、ウオオオオ!』
第一騎士団員たちの別れの言葉を聞き、誰かが吼えた。
死の恐怖に直面してもなお堂々と立派な声を聞き、魂に火がついたのだ。
『もうすぐだ! もうすぐこの戦いは終わる!
お前たちの死を無駄にはしない!』
ようやく先頭がこの死地を抜けた。
さらに二機、三機とつづいて林道から抜け出てくる。
ここまで入り口をふさいでいた敵部隊は、嘘のように背をみせて逃げ出した。
その先には敵がすっかり布陣して待ちかまえている。
ベランジェールの読みどおり、第四騎士団の連中は半包囲の陣で待ちかまえていた。
だがこれが最後だ。
この敵陣を突破すれば、聖都へ帰還できる。





