第二十七話 アブねえ奴ほど口では奇麗なことを言うよね
(すげえヤバそうな雰囲気だ、なにが起こったんだ?)
牢屋で大人しくしていた勇輝は、立て続けに起こった異常事態に戸惑っていた。
突然の大地震と、異常に大きな何者かの泣き声。
天上の天使たちも何やら大騒ぎしているようだ。
とんでもない大事件がおこったのは確実だった。
「そろそろ動くか、ちょいとのんびりし過ぎちまったかもな」
勇輝は壁に手をついて意識を集中しはじめた。
この壁の一部を壊して脱出する、抜けたあとで直してしまえば難解な脱出ミステリーの完成だ。
今の自分になら簡単にできるという自信があった。
だがこちらに向かってくる足音が聞こえたので、勇輝はあわてて魔法を止めた。
男の警官が三人、迷いなくこちらに歩いてくる。
彼らは鉄格子の前に無言で並んだ。
「…………」
彼らはジッと勇輝の顔をにらむ。
何も言わずに。
その無言の圧力に不気味な気配を感じて、勇輝は慎重に話しかけた。
「どうかしたんですか、ここは何ともないっすよ。牢屋だけあって頑丈ですね」
「…………」
男たちは返事をしない。
彼らはそろって左手に大きな十字架を握りしめていた。
「さっきから聞こえる泣き声はなんですか」
「…………」
質問の答えは無く、その代わり男の一人が懐から鍵を取り出して鉄格子の鍵を開けた。
ガシャン! キイィィ……。
「……もしかして出してくれんの?」
冗談半分の希望的発言にも耳を貸さず、彼らは鉄格子の中に一人ずつ入ってくる。
「………………」
身の危険を感じて、勇輝は壁際に後退りする。
男たちは握りしめていた十字架の一番長い部分を引き抜いた。
その内側が刃物のように鋭く光っているのを見た瞬間に、勇輝は決断し叫んだ。
「拘束ッ!」
「ギ、ギャアッ」「なんだこれは!」「おっおのれーっ!」
勇輝の命令を合図に、何と鉄格子が襲いかかってきたのだった。
鉄格子は数匹の蛇のように細長くほぐれ、あっという間にグルグルと巻きついて、男たちの身体を縛りつけた。
「フン、備えあれば憂いなしってやつだ」
勝ち誇る勇輝。
こんなこともあろうかと仕掛けておいた罠が役に立った。
「おいお前ら、地震のどさくさにまぎれて俺を殺すつもりだったな。
あのデブ親父の命令か」
男たちは答えない。
勇輝は男たちが持っていた十字架の錐刀を拾い上げて鼻先に突きつけた。
「こんな物騒なもの持ち出しやがって、人の命を何だと思ってんだ」
「黙れっ!」
「あ?」
「偽善をぬかすな、人心をまどわせ堕落させる魔女め!」
一番若そうな男が、目を血走らせながら汚い罵声をあびせてくる。
「お前は我らの崇高な理想を妨害する魔女だ。
お前は貴族の飼い犬と同じだ。
弱者を食い物にして肥え太っている豚どもの手下だ!」
「ンだとテメエ! ブタの手下はテメエらだろうが、あのくそ親父のよ!」
「違うッ!」
男は顔を紅潮させ、拘束されたまま胸を張った。
「我々はッ、崇高なる神の兵士であるッ!」
「なん……だと……?」
勇輝は生まれて初めて本物の狂人に出会った。
さらに男は何を考えたか、拘束された状況にもかかわらず演説を始めてしまう。
想像してみて欲しい。
鉄製のヘビにグルグル巻きにされている警察官が、そのままの姿勢で危ない集団の街頭演説みたいなことを叫んでいるのだ。
……変な人である。どう見ても。
「一部の特権階級のみが暖衣飽食をむさぼるこの腐った社会を、我々は一掃するのだ!
貴様ら金持ちが格式だ様式美だとほざいては民の血税をドブに捨てている陰で、我々は一杯の麦粥をすするのにさえ苦労をしている!
貴様らが無駄に金をかけた豪華な屋敷で高いびきをかいている頃、我々は廃墟や下水道の中で寒さに凍え、死ぬ思いでいるのだ!
そんな貴様らの、飢えも寒さも知らぬものの奇麗事など聞く価値もないッ、偽善と言わずして何というのか!
これを滅ぼすことこそ正義である、我らの行いこそ主の御心にかなうものであるッ!」
この自己陶酔した長ゼリフについていけないものを感じつつも、勇輝は少し反論する。
「いや、俺はむしろ貧乏人なんだが。今はヴァレリア様のところにいるけど……」
「ならば我々の言葉が分かるはずだ! 正義がどちらの側にあるか!」
「ええ……?」
ふと貧民窟に行ってしまった時のことを思い出した。
つねに生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている側の、怖いほどの必死さが脳裏をよぎる。
(こいつらも、ああいう連中の仲間なのか?)
もう少し話を聞いてみたい気もしたが、状況がそれを許してくれない。
「おい何だ今の大声は、返事をしろ!」
廊下の奥から数人が駆けつけてくる気配。
「他にも仲間がいるみてえだな」
勇輝はためらいなく逃走を始めた。
ただし男たちの思いもよらぬ手段で。
鉄格子に拘束されていた男たちは、あっと驚いた。
勇輝が牢内の壁に両手をつくと、壁は光で包まれて一瞬のうちにガバッ! と大穴が開く。
反対側の部屋にうつってその穴をふさいでいる時に、例の若者がまだ勇輝に罵声をあびせた。
「魔女め!」
「フン」
勇輝は鼻で笑いながら穴をふさいだ。
壁向こうの部屋は看守の休息所だった。
壁紙もカーペットも無い簡素な石作りの部屋に、木製のイスとテーブル、戸棚などがおかれている。
「さて、どうすっかなあ」
のんびりしているヒマはない、すぐに殺し屋どもが押し寄せてくるだろう。
壁抜けを続けて鬼ごっこをしてもいいが、武器も何もなしではちょっと心許ない。
勇輝は、んー、と鼻を鳴らしながらテーブルに手をつき、そして良いアイディアを閃いた。
「そうか、俺にはこの手があるんだ!」
まんまと脱獄を許した男たちは、大急ぎで勇輝が逃げ込んだ部屋の前までたどり着いた。
中から物音がする、まだ中にいるようだ。
「よし奇襲には気をつけろ、突入するぞ」
先頭の男は仲間たちとアイコンタクトを交わしてしてからドアノブに手をかける。
室内の気配に変化はない、男は勢いよくドアを開いた。
奇襲を警戒して一瞬だけ間をおき、そして突入。
そこでは、驚きの光景が広がっていた。
イスやテーブルがまるで生き物のようにうごめき、少女の身体に絡み付いていく。
そして次の瞬間には木の盾、木の剣、木の鎧と化して少女を武装した。
男たちがその異様な光景に呆然となっている隙に、むこうの方から仕掛けてくる。
「うりゃあっ!」
勇輝は木製の剣を振り上げると、その切っ先で先頭の男が構えていた十字架の錐刀を叩く。
「あっ!」
叩かれた男は叫んだ。
大切な十字架はまるで磁石のように木剣に吸い付き、手から奪われてしまったのだ。
「そらっ!」
続けて勇輝は左手の盾を別の男の錐刀に押しつける。
やはり盾は男の武器をとらえて離さず、あっさり奪い取ってしまった。
「へっへー、いっただきー♪」
無邪気に喜ぶ紅瞳の少女、思わぬ事態にうろたえる男たち。
「とろけて包め!」
勇輝が叫ぶと、男たちに三度目の驚愕が襲い掛かった。
貼り付いていた武器が突然ドロドロに溶けて彼女の武具に広がっていく。
液体金属はそのまま剣と盾をコーティングし、彼女の武具をより強力な装備へと変えた。
「鉄の盾と鉄の剣。
守備力、攻撃力ともにプラス一ポイントってとこかな?」
「ふ、ふざけるなよ魔女め!」
前にいた男たちを押しのけて、威勢のいい奴が前に出てくる、だが。
「おっと、今度は鎧を強化してくれるのかい?」
嬉しそうにそんな言葉をかけられて、男は困り顔になった。
「あきらめて道をあけな、お前らじゃ俺の相手はつとまらない!」
紅瞳の少女は言い放つと、武器を失った男に打ちかかる。
頭はあえてさけ、彼らの肩や手首を叩く。
仲間の悲鳴を聞いて、残りの者たちは騒然となった。
「ば、化け物だ」「おのれ魔女め!」「うわあああああ!」
恐れて後退する者。
反対に向かっていこうとする者。
パニックを起こしてただ騒ぐ者。
そんな混乱する敵群の中に、勇輝は遠慮なく突撃していく。
「オラオラオラーッ、ナメてると死ぬぜぇ!?」
勢い付いた勇輝を止めるには、男たちの装備は貧弱すぎた。
しょせんは暗殺用の凶器、真正面から戦うための物ではない。
彼女は数人を打ち倒し、楽々と囲みを突破する。
そして通路の奥に向かって走りながら、ついでに横の壁をドン、と叩いて魔力を送り、即席トラップを作る。
「ま、待て――ぐおっ!?」
後ろから悲鳴が聞こえた。
壁石がいきなり飛び出してきて、男の身体を直撃したのだ。
「うわはははは!
やっべえ超楽しい! 俺の力って無敵じゃねえ!?」
大笑いしながら勇輝は男たちの前から走り去った。





