笑うフォルトゥナート
第一騎士団長エーリッヒ・フォン・クロイツァー、戦死。
この報告を通信で聞いて、フリードリヒ総長の混乱は頂点に達した。
「ば、バカな、そんなバカな、いったいどうしたというのだ!」
エーリッヒが死んだ。
エーリッヒが死んだ。
エーリッヒが死んだ。
副官としてずっと自分に仕えてきた男だった。
うまくすれば次の騎士団総長に推薦してやるつもりだったのに。
どうしてこうなったのだ?
自分は指示を間違えたのだろうか。
いや方向転換しなかったとしても、そのまま第一騎士団は壊滅的な損害をうけただけだ。
退いてもダメだった。押してもダメだった。
ならばどうやってもダメではないか。
エーリッヒは死ぬしかなかったではないか。
あいつは次の騎士団総長になる予定だったのに。
『総長! 総長! お気をたしかに!』
「はっ!?」
部下に大声で呼ばれて、フリードリヒは我にかえった。
『お気持ちはお察しします、ですが今は戦闘中です!
ご指示を!』
「う、うむ」
そう、そうだった。
戦闘中なのだ。
第一騎士団が敗れたということは次は第二騎士団の番だ。
このままでは今度はベランジェールがおなじ目にあわされる。
彼女は引退した戦友、ジョルダン・ド・ボファンの愛娘だ、絶対に死なせるわけにはいかない。
もし彼女にまで死なれたら、自分はジョルダン殿にあわせる顔がなくなる。
しかしどうすれば。
どうすれば。
わからない。
わからない!
誰か助けてくれ!
神よ!
これは能力に見合わぬ身分を望んでしまったツケだろう。
フリードリヒはどういう指示も出すことができず、とうとう神にいのった。
そんな彼の様子を見て、まったくなにも出来ない無能なのだということを周囲の者たちも理解してしまう。
絶望が重くのしかかり誰もが暗い表情になるなか、馬蹄の響きが前方からやってきた。
ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ……!
いつのまにか第四騎士団の面々が片側の林に身をうずめ、道をあけていた。
あいた道の上を駆けてくる《ケンタウロス騎兵》の一団。
先頭を駆けてくるのは、よく見慣れた第四騎士団長の機体。
「おお、フォルトゥナート!!」
フリードリヒは地獄の底に光がさしたかのような気分になった。
フォルトゥナートはこれまでにもさまざまな知恵で自分を助けてきた男だ。
この男なら今回もなんとかしてくれるかもしれない。
「私はここだ!
はやく来てくれ!」
相手にむかって手をあげる。
騎兵はさらに速度をあげた。
ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ!!!
「……うん?」
フリードリヒはフォルトゥナートの動きに違和感をおぼえた。
たしかにはやく来いとは言った。
だが加速しすぎではないか?
あれでは止まりきれず自分にぶつかってしまう。
「おーい、フォルトゥナ……」
フリードリヒはギョッとして言葉を途中で切った。
フォルトゥナートはなぜか剣を抜き、減速せずに突っこんでくる。
ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ!!!
……ガスッ!!
たった一撃であった。
抵抗もなく。
声ひとつ出せず。
一撃で搭乗席をつらぬかれ、騎士団総長フリードリヒは絶命した。
『あっら~?』
ここでようやくフォルトゥナートは声を出した。
普段とまったく変わらぬ、軽い感じのしゃべりかただ。
相手から剣を引き抜くと、真紅のマントをつけた華麗な守護機兵がくずれ落ちた。
『ちょっとさすがに拍子抜けだなあ~。
もう終わっちったよ』
ぼう然とその光景をみていた者たちは、じょじょに理性をとり戻していく。
いま目の前で起こったことを理解し、そしてパニックをおこした。
『う、うわあああああああ!?』
悲鳴をあげて騒ぐものたちを、フォルトゥナートは次々と斬りふせ、無力化していく。
『だ、団長! どうして、どうし』
泣きそうな声をだす第五騎士団の機兵を容赦なく斬殺する。
『ニブいやつらだねーまったく』
笑うフォルトゥナート。
普段とまったく変わりない笑顔。
彼にとってこの世のすべてはどうでもいい存在だった。
自分自身ですらどうでもいいのだ。
上司とか、部下とか、そんなものなおさらどうでもいい。
裏切っても、殺しても、ほとんど何も感じなかった。
だが、次は違った。
彼の怒号はわずかばかり、心に響くものがあったのだ。
『フォルトゥナートオオオ!!』
第五騎士団たちの奥から、ひときわ豪華な《ケンタウロス騎兵》が駆けてくる。
第五騎士団長マキシミリアン・ロ・ファルコ。
『よう、来たなマッキー』
『一体どういうつもりだ貴様!』
第四騎士団と第五騎士団。
聖騎士団同士で戦闘が開始された。





