ここは地獄か、それとも悪夢か
おのれの蛮勇で切り抜けよと、そういう過酷な命令だった。
実際に戦う者たちは前から順番に死んでいくことになる。
人と魔、両方から押しあい、圧しあい。
ぶつかり合う最前線はとてつもない修羅場となった。
守護機兵の装甲がするどい爪に刺し貫かれて砕け散る。
搭乗席の奥からおびただしい鮮血があふれ、動かなくなった。
またある者は装甲がひしゃげて搭乗席を押しつぶし、本来守るはずの搭乗者をむごたらしく圧死させた。
悪魔もただではすまない。
次々と黒い霧となって消し飛ばされ、その霧の中を機兵がさらに押し込んでゆく。
押し負けたほうが死に、そして死骸を押しのけてまた敵を押す。
押すことに疲れはてた者は、敵味方の区別なくこの世を去っていった。
人と魔の悲鳴と怒号がどこまでも激しくぶつかり合う。
血しぶき、黒霧、それに金属片などが無数に宙を舞った。
ここは地獄か。それとも悪夢か。
『ククククッ』
壮絶な地獄絵図を空からながめ、ほくそ笑む男がいた。
男の名はエンリーケ=カリス。
乗っている黒い熾天使型守護機兵の名は《アーテル》。
『こうまで計算通りだと笑いをこらえるのも困難だな』
エンリーケは敵を思うまま蹂躙する快感に酔っていた。
勝利の美酒というやつだ。
リグーリアを使わせなければ敵は後退するしかなくなる。
そしてこのせまい林道を通るときに後ろから攻撃をしかければ、大きな打撃をあたえることができる。
はじめは面倒なことだと思っていたが、想像以上の快感に考え方をあらためた。
敵を罠にはめるというのは面白い、そして奥が深い。
エンリーケは林道の反対側を見た。
あちらの方はよそ者がうまくやる作戦になっている。
『ちゃんと忠義をつくせよ、よそ者。
こちらはオレみずから天誅をくだしてやる!』
エンリーケの機兵《アーテル》は高度を下げ、相対する第一騎士団の視界内にまで降下した。
『天意にさからうおろか者ども、そろそろ死にたくなってきたであろう。
オレみずから天誅をくだす、ありがたく受け取れ!』
第一騎士団の生き残りたちは、いきなり空から降ってきた黒天使におどろき警戒する。
『何者だ!』
もっとも華やかに装飾された《ケンタウロス騎兵》が厳しい口調で問う。
答える義務はないが、エンリーケは余裕を誇示するためにあえて名乗った。
『オレはエンリーケ=カリス。
世界の王となる存在だ!』
今でもエンリーケは世界の王となることをあきらめたわけではない。
彼は物心つく前からずっと、ただそれだけのために生きてきた。
たったひと言聖人から「妹にゆずれ」と言われただけで、あっさりあきらめのつくような問題ではなかった。
『貴様の方こそ名乗れ!
無名のままで死にたくはないだろう!』
相手の騎兵はすでに傷つきボロボロであったが、それでも堂々と胸をはった。
『我が名はエーリッヒ・フォン・クロイツァー!
栄光ある聖騎士団、第一騎士団長である!』
『そうか!
ならばエーリッヒ・フォン・クロイツァーよ、我が手によって一足さきに逝くがよい!』
黒い天使はそう言うと両腕を広げた。
広げた両腕から奇妙な風が吹いてくる。
ただ吹きつけてきて、今度は逆に吸いこまれていく。
また吹きつけてきて、やはり吸いこまれていく。
まるで海岸の波のように。
来ては返り、来ては返り……。
『ぐっ……!?』
正体不明の風に防具をかまえて警戒していた聖騎士たちだったが、やがて苦しみはじめる。
『ち、力が、抜けて……!』
ズタズタに傷ついても戦いつづけていた守護機兵たちが、力なくくずれ落ちていく。
この不気味な風が魔力をうばっているのだと気づいた時には、もう手遅れだった。
『お、おのれ!』
エーリッヒは最後の力をふりしぼって愛用の槍を投げつけた。
だがさすがに見えすいた攻撃だったので楽々とかわされてしまう。
『残念だったな』
エンリーケは勝ち誇り、そしてうばった魔力でとどめの一撃をくりだす。
『我が奥義で滅びよ!
怒りの日!!』
まるで太陽にも似た、強烈な光弾がはなたれた。
光弾は倒れて動けぬ第一騎士団の機兵たちを直撃し、周囲の木々や悪魔たちまでも巻き込んで大爆発を起こす。
第一騎士団長エーリッヒ・フォン・クロイツァー。
および所属騎士数十名、戦死。
戦いはまだつづく。





