暗躍が実をむすぶ
水晶玉による遠隔通信で、《呪われし異端者たち》陣営、ユーリとグレーゲルが会話をおこなっていた。
『グレーゲル、そちらの様子はどうだ?』
「は、リグーリアの上層部に動揺はありません。
引き続き妨害工作をおこないます」
『苦労をかける』
「もったいないお言葉。
我らの長きにわたる悲願がようやく達成されようという時です。
喜びしかありません」
ゲッゲッゲッゲッゲ!
グレーゲルは化物じみた笑い方をうっかりしてしまい、あわてて口をおさえた。
「こ、これは失礼を」
『いいさ。頼りにしている』
魔人の薄気味悪い笑顔に一瞬顔をしかめるユーリであったが、それだけ伝えると通信を切った。
「クッ!」
グレーゲルはいまいましい思いで自分の顔を強く握りしめ、痛めつける。
主君の前で騎士のようにふるまう彼。
敵の前で邪悪に笑う彼。
どちらも嘘偽りのないグレーゲルの素顔である。
だが戦闘の前後になるとどうも紳士的ではいられなくなる。
血が騒ぐ、というやつだ。
この身に吸収した悪魔が闘争をもとめて暴れ出してしまう。
――憎い、憎い。聖都が憎い!
――殺せ、殺せ、聖都の人間を殺せ!
なんの違和感もなく憎悪がわき上がってくる。
これは元となった悪魔の感情のはずだ。
しかし本当はグレーゲル本人の想いなのかもしれないと、ふと感じることもある。
それくらいこの魔人のなかで魔性の割合が高まっていた。
――殺す。ああ殺すさ。
――だがそのために準備がいるのだ、黙っていろ!
今すぐ飛びだしたくなる衝動をおさえつけ、彼は次の相手に通信を送った。
『はいよ~』
聖騎士団第四騎士団長、フォルトゥナート・アレッシィ。
あいかわらず人をイライラさせる薄笑いを浮かべていた。
「お前たちはそう遠くない時期に陣を移動するだろう」
『ええっ!
そうなの!?』
ヘラヘラ笑いながらおどけるフォルトゥナート。
わかっているくせにこういう事を言うやつだ。
リグーリアが彼らを受け入れないかぎり、聖騎士団は陸路でしか補給物資をえられない。
リグーリアからやや離れた東に陣取っている現状は聖都から遠く、馬車で物資を運ぶには効率がかなり悪い。
いずれ聖騎士団は方針転換を余儀なくされ、聖都にもっと近く、大森林の南側に陣を移動することとなるだろう。
「その移動途中を狙って我々は反撃する。
お前も予定通り行動しろ」
北伐部隊が用意してきた600もの守護機兵は脅威である。
しかし背中をみせて離れていく長蛇の列ならば話はまったくちがう。
聖騎士団はせまい路上で陣形も組めず、大きな損害を出すこととなるだろう。
『あのさあ』
ニヤニヤしながらフォルトゥナートが語る。
『オレたち聖騎士団全軍でリグーリアを攻め落としちゃったら、お前の計画パーになるんじゃね?』
「なに!?」
予想外のことを言われて、グレーゲルの表情が変わる。
だがすぐ平静にもどった。
「……貴様のような悪党が指揮官ならそういうこともあるかもしれん。
しかし騎士団総長とはそういう男だったか?」
『そこなんだよな~!!』
フォルトゥナートは両手を頭のうしろで組んで、天をあおいだ。
『つくづく無能だよあのオッサン。
お前らラッキーだったな!』
騎士団総長フリードリヒの頭脳は平凡だ。
もしかしたらそれ以下かもしれない。
非協力的というだけの相手を攻め落とすなどという暴挙が、できるわけなかった。
しかし人類の歴史を紐解いてみれば、英雄とか名将とかいわれる人間に暴挙は付きものだ。
善悪ではなく、損得による大英断。
必要だからやる、不平不満は戦果によってだまらせる。
英雄とはそういう感じの、良くも悪くも行動力のある人物にあたえられる尊称だ。
普通の良識ぶった人間にはできないことであった。
「なにがラッキーだ」
騎士団総長という役職を新設し、フリードリヒ・フォン・ギュンダーローデをそこに押し上げたのは他でもないこのフォルトゥナートだ。
無能をトップにすえるという即効性のない地味な暗躍が実をむすんだ瞬間であった。
兵法書にいわく、戦争とは勝てる用意をしてから始めるもの。
《呪われし異端者たち》たちはいつかこの日が来るものと知っていた。
自分たちの理想郷を築くために、聖都を攻め滅ぼす準備を長きにわたり続けてきたのだ。
正義の鉄槌だとか、聖戦だとか、上っ面の美辞麗句をならべて浮かれている聖騎士団とはなにもかも違っていた。





