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聖女×ロボット×ファンタジー! 死にたくなければモノ作れ、ものづくり魔法が世界をすくう!  作者: 卯月
第一章 聖なる都に聖女(♂)あらわる

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第二十六話 嗤(わら)う異端者

「ヒック」


 日暮れ前から飲み続けたデル・ピエーロきょうはひどく悪酔いしていた。

 いくら飲んでも酔えないと心は思っていても、肉体のほうは別だったらしい。

 いつの間にやらまともに座っているのも難しくなったようで、机に両ひじをつきながらまだ飲みつづけていた。


猊下げいか、もうそのくらいになさってはいかがですか」

「うるさい黙れ、ヒック」


 デル・ピエーロ卿はまるで虫けらでも振り払うかのように手をふって、ベアータの言葉をしりぞける。


「……フン」


 ベアータは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 だが悪酔わるよいしている主君はそれに気づかない。


「馬鹿者が……まったくどいつもこいつも……」


 肥満体の老人はいつまでもグチグチとつぶやいている。

 ジゼルの背信はいしんを告げられて、彼の悪酔いはいっそうひどくなった。


「あの恩知らずが、ただお茶くみだけしていれば良いものを……」


 ジゼルはデル・ピエーロ卿の命令で別室に監禁されている。

 すぐに殺すべきだとベアータは進言したが、この甘さの抜けきらない上司は即答できなかった。

 十年育ててきた養女を殺すのはさすがに忍びなかったのだ。


「馬鹿者が……馬鹿者が……」


 未練たらしい愚痴ぐちをつぶやく老人。

 それをベアータは冷ややかなまなざしでにらむ。


 と、そこで扉がノックされた。


 ベアータの手の者が報告に戻ってきたのである。

 使いの者を部屋へ入れたベアータは、手渡された報告書を読んで会心の笑みを浮かべた。


「……どうした」

「お喜び下さい猊下げいか

 昼間から流し続けたうわさは聖都中に広まり、もはやベルモンド卿の名声は地にちたも同然とのこと」

「ふん、そうか」


 老人はつまらなそうにつぶやく。


「なら早めに手を打たんとな。うわさはしょせんうわさ、確たる証拠は何も無いのだ」


 酔いどれ老人の言葉に、ベアータの笑顔に邪悪な凄味すごみが増す。


「ええ、史上初の女教皇候補とも呼ばれるベルモンド卿を公開処刑すれば、世の不安は一気に高まりましょう」

「なに?」


 デル・ピエーロ卿は、泥酔してにごった瞳でベアータを見つめた。


「それはどういう意味だ?」

「……せ、政治不安が高まれば、人々は英雄の出現を望みます。

 その勢いに乗じて猊下の権威を確固たるものにするチャンスだと、そういう意味でございますわ」

「そうか」


 大した興味もなかったようで、彼は短くつぶやきながら手酌てじゃく葡萄酒ぶどうしゅを注いだ。


「全てはうまくいっております。そう全て」

「うむ、ならばよい……」


 たどたどしい手つきでデル・ピエーロ卿はワイングラスを持ち上げる。

 もう何十杯目か分からないそれを、また口にしようとした時だった。


 デル・ピエーロ卿の全身が、れた。

 いや卿だけではない、部屋全体がガタガタと大きな音を立てて揺れだしたのだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 ガタガタガタガタ!!


「な、なんだ、地震か、大きいぞ!」

「猊下、机の下に!」


 ただうろたえるだけのデル・ピエーロ卿を、ベアータは机の下に押し込んだ。


「こんな時に地震とは、まさかわしらの悪行を神がお怒りか!」

「お気をたしかに、これは単なる災害です!」


 叫びながら彼女は上司の頭を押し下げて己の身をかぶせる。


 地震は収まるどころか一層激しさを増していった。

 重厚な執務机しつむづくえが嘘のように左右に揺れ動き、本棚は盛大に蔵書をぶちまける。

 窓は砕け、ガラスの破片が室内外に飛び散った。

 火のついたランプは横転したショックで割れ、上等なカーペットがげ臭い匂いを放つ。


「し、神罰だ! お許しを、お許しを!」


 深酔いと罪悪感からか、デル・ピエーロ卿は泣き叫ばんばかりに悲鳴を上げていた。

 半世紀以上を生きたこの老人にとっても、これほどの大地震は初めての経験だったのである。


 生き地獄のような恐怖の時は、時計の秒針が一周するほど長く続いた。


「猊下、れはひとまず収まったようですわ」


 ベアータは机の下から素早く抜け出し、カーペットに燃え広がろうとする火を丁寧に踏み消した。


「ひ、ひい……ひい……」


 机の下からモゾモゾと這い出たデル・ピエーロ卿は、ガラスの割れた窓から外の様子をうかがって悲鳴を上げた。


「お、おおおお……、何だあれは!」


 月明かりに浮かび上がった巨大な影。

 無残に崩れた街並みに、雲をつくほど巨大な何かがそびえ立っている。

 それはどことなく人間の身体を連想させる形状をしていた。

 二本の腕を持っているが足は無く、長い胴体が直接地面から生えている。

 まるで子供が作った粘土ねんど細工ざいくのよう。

 不細工でいびつな人間の像だ。


「何なのだあれは、動き出しおったぞ!」

 巨大などろ人形は天をあおぎ両手で頭を抱え、そしてとてつもない大声で叫びだした。


――ウオオオオオオオオオオオ……! ウオオオオオオオオオオオ……!


 ひどく悲しみに満ちた泣き声だった。

 山のように巨大な化け物が、まるで幼児のように泣き叫んでいる。


「ウフッ、ウフフフ!」


 同じ窓からその姿を確認したベアータは、なぜか不気味に笑い始めた。


「何という事でしょう、思った以上に早かったわ!

 ここまで愚民どもの心が弱く不安定だとは、さすがに読めなかったわ。

 ウフフフフ!」


「ど、どういうことだ、貴様はあれが何なのか知っておるのか」

「ええもちろん、あれは負の感情の集合体ですのよ猊下!」


 ベアータは得意満面で説明を始めた。


 激しい『悪の感情』は空気中をただよい、やがて引かれ合い凝縮されて悪魔ディアブルと化す。

 だが人の悲しみ、不安、苦しみといった『負の感情』は悪魔ディアブルにはならず、地の底に沈殿し蓄積されていく。

 はるか長い年月を経て圧縮された感情のかたまりはやがて大地の限界を超え、まるで火山噴火のように爆発して地上へ噴き出して来るのだ。


「それがあの巨人、魔王ディアボロス!」


 悪魔のような笑みを浮かべるベアータに、デル・ピエーロ卿はつかみかかった。


「き、貴様、いったい何をたくらんでおる、なぜそんな事を……ウグッ!」


 胸に激しい痛みを覚えてデル・ピエーロ卿はうめいた。

 ベアータの手が大きめの十字架を握りしめている。

 その十字架の尖端が、老人の胸に突き刺さっていた。


「きさ、ま」

「私に触れるな、汚らわしい!」


 卿は捕まえようとしたが乱暴に振り払われ、床の上にひざをついた。

 その際に突き刺さっていた十字架の尖端が胸から抜け出る。


 それは錐刀スティレットという刺突に特化した凶器だった。

 刃はついておらず斬撃はできない。

 だがそのぶん尖端は非常に硬く、鋭く、上級者が使えば鉄の甲冑すら貫くこともできる。


「光栄に思いなさい。お前のような半端者が十字架によって死ねるのです!」


 デル・ピエーロ卿は何事か言おうとしたが、うまく声にならない。

 手をのばそうとして前のめりに倒れた。


「知恵も度胸も人並み以下のくせに、野心ばかり大きな能無しの老害。

 お前が私の言いなりになって踊る様は、その名の通り泣き顔の道化ピエロのようでしたよ。

 あなたは権力闘争をしているつもりで、噴火寸前だったあの魔王を誕生させるきっかけを作ってしまったのです!」


「だましおった、な……」


「ですがそれで良いのですよ。

 あなたは私に利用される事で、この汚れた世界を救う一助となれたのです。

 主はあなたの罪をお許しになられる事でしょう。

 天に召された後に、私に深く感謝なさい。

 ウフフフフフ!」


 苦痛に顔をゆがませながら、デル・ピエーロ卿は食い下がる。


「……が、何が……目的、だ」

「決まっているでしょう!」


 ベアータは左手を胸に当てて、まるで女優のような仕草でうっとりとつぶやく。


「世界に在りし日の美しさを蘇らせる事!

 この汚れた背徳の街を滅ぼすのは、神に与えられた気高き使命なのです!」


「おのれ、ゴフッ!」 


 その禍々(まがまが)しい物言いに毒されたかのように、デル・ピエーロ卿は大量の血を吐き出した。


「おのれ、呪われし異端者たちアナテマめ……」


 そのつぶやきを遺して、デル・ピエーロ卿は動かなくなった。

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