アホの黒煙、バカの野望
その日、聖都東部にある大草原で、巨大な爆発が発生した。
ドーン! と表現すべきか、ボーン! と表現すべきか。
城壁内に住む東部の人間たちは、轟音と振動、そして巻きあがる黒煙を目撃した。
悪魔が出現した可能性を考え、東部を守る第三騎士団が得意の《ケンタウロス騎兵》で出撃する。
小部隊をひきいるのは第三騎士団長リカルド・マーディアー。
疾風のように草原を駆けながら、団員たちはまだ立ち上っている黒煙を見上げた。
『団長、なんの騒ぎですかねこりゃ?』
『知るか。
まあ二つに一つじゃねえかと思うけどよ』
『というと?』
『悪魔だとしたらおそらく新型だ。
こんな火力の敵は今までいなかったからな』
『もう一つは?』
『いつものアホのしわざだ』
『……ああ』
いつものアホ、で通じ合える。
これもある意味仲間の絆。
第三騎士団長リカルドは、なんの因果かそのアホと縁が深かった。
東部の草原は彼ら第三騎士団の縄張りである。
《ケンタウロス騎兵》たちは、走りなれた土地なので迷うことなく現場へ急行した。
『うわ、こりゃヒデエ!』
団員たちが思わずさけんだ。
黒煙が上がる現場には、直径数十メートルほどの大きな穴があいていた。
まるで隕石でも落ちたかのよう。
周辺には黒くこげた金属片が散乱している。
なにか大きなもの、たとえば守護機兵くらい大きなものが爆発したような雰囲気だ。
『総員、警戒態勢!
慎重に観察しろ!』
リカルドは部下たちにそう命じて、大きくえぐれた穴の外周を早足でまわりはじめた。
「おーい」
黒煙のむこうから人の声がする。
「おーい、おーい」
ここは城壁の外。
なぜこんなところで人の声が?
悪魔の罠かもしれない。
騎士たちは警戒をとかなかった。
「おーい、聞こえねえのかよ!」
煙の奥から何者かが飛びだしてきた。
その者は、人間のようで人間でない姿をしていた。
白い翼を生やし、頭の上に輪っかをつけた少年。
天使ぺネムだ。
「あっちでアホがひっくり返ってんだ!
助けてやんな!」
とんでもない存在がさも当たり前のように姿を見せるものだから、騎士たちはあぜんとしてしまった。
彼らにしてみれば、天使を見るのは人生で二度目である。
『ア、アホですかい』
かろうじて声を出すリカルドにたいし、ペネムは煙の奥を指さして早くしろとうながす。
「アホだ!
もう一匹、ガキのアホもいる!」
すこしずつ状況が飲みこめてきた。
「俺はぺネム。ユウキの友達だ!
はやく来いよ!」
ペネムは大声で騎士たちを呼びながら奥へと飛んで行ってしまう。
しかたなく、《ケンタウロス騎兵》たちは大きなクレーターの奥へと足を踏みいれた。
『あっちゃあ……』
惨状をみてリカルドは頭をかかえた。
クレーターの中央には何かのコゲた残骸。
その左右にクリムゾンセラフとネクサスⅣが倒れている。
アホが無茶をしてまた爆発事故を起こしたのは明白だった。
「おい起きろ!
救助がきたぞ!」
ペネムが空をグルグル飛びながら二機の機兵に声をかけつづける。
しかし中の人間は目をさまさず、そのかわりに人工知能たちが反応した。
『ぺネム様、ユウキ様はまだ意識が戻りません』
『ルカも同様だ。迅速な救助を要求する』
「やれやれ……」
セラとベータの言葉を聞いて、リカルドたちは二人の救助活動を開始した。
「いやベラン先輩が不安がってたもので、ちょっと新型の開発を……」
ここは第三騎士団詰め所内の医務室。
勇輝はベッドの上でそうつぶやいた。
「いざって時に単独でなんとかできるよう、クッソ強い機兵をつくろうと思って、その」
大量のエッガイを一機の守護機兵に詰め込んだのだが、発生したエネルギーが巨大すぎて機体が耐えられなかったのだ。
「な? アホだろコイツ?」
ペネムがニヤニヤ笑いながらバカにする。
リカルドはあきれてため息をついた。
「死んじまったら元も子もねえだろうが」
となりのベッドで寝ているルカを見てそう言う。
ルカも意識をうしなっているがケガはない。
しかし二人とも、守護機兵に乗らず実験をおこなっていたら死亡事故になっていたかもしれなかった。
「リカルドさん、北伐計画の進行状況は?」
こんな調子ではベラン先輩の出発に間に合わない。
開発にかけられる残り時間はどのくらいあるのか?
しかしリカルドは面白くなさそうな顔で横をむいた。
「わからん。
俺たちはすっかり部外者あつかいだ」
「まだそんな派閥争いなんてやってんですか!?」
「こっちはともかく、向こうはな」
反ヴァレリア派からすれば、今まで一方的にやられていた憂さ晴らしがしたくてしょうがないのだろう。
だから作戦には参加させず、情報もあかさない。
情報をあたえれば女狐の子分どもにつけ込まれる、などと考えているのだろう。
勇輝の脳裏に騎士団総長フリードリヒの能天気な笑顔がうかぶ。
あの男、敵と味方の区別がついていないのではないか。
気にいらない者は全部排除。
自分たちだけで何でもやれる。
こんなことを本気で考えているのだろうか。
「急がないと……」
「おい」
失敗したばかりなのに次のことを考えている勇輝。
リカルドは説教しようとしたが、勇輝に反論されてしまった。
「このままじゃ本当にベラン先輩は殺されちまう。
俺たちもできることをやっておかないと」
「む……」
重い沈黙が医務室をつつんだ。





