世の中そんなに甘くない
いつもの大草原。
二組の軍団がにらみ合っている。
ひとつは聖女相沢勇輝ひきいる、赤備えの天使軍団。
もうひとつは聖都東部防衛、第三騎士団。
訓練とはいえ守護機兵同士の戦いだ、不幸な事故はありうる。
だから開始前から両軍には実戦に近い緊張感があった。
『来い!』
第三騎士団長、リカルド・マーディアーがさけぶ。
『おう!』
勇輝もさけび返した。
『赤備え、前進だ!!』
『了解』
天使軍団は一丸となって進軍する。
赤い軍団がひとつとなって進む様は、まるで敵の返り血で染まっているかのよう。
不気味な凄味を見せつけながら接近してくる敵に対し、第三騎士団は大楯を正面にかまえ防御の態勢をとった。
天使軍団は単純に集まっているだけ。
一方、第三騎士団は広く横陣で待ちかまえている。
中央は大楯をかまえた「兵卒」。
左右は槍をかまえた「ケンタウロス騎兵」。
まるで中世以前の地球人みたいな布陣のしかただ。
クリムゾンセラフのもつ「羽根爆弾」をつかえば。
あるいは中にいるエッガイたちを呼び戻し、邪竜戦でつかった「超巨大大砲」をつかえば。
あんな陣形は簡単にくずせる。
しかしそれでは練習にならない。
勇輝はあえてそのまま赤備えを突撃させた。
『全軍かかれーッ!』
『ウオオオオオオー!!』
赤備えの天使軍団は、全機日本刀を右上段に高々とかまえ草原を走り出した。
まさにクリムゾンセラフが数十倍に増えたかのよう。
すべての機体が同じ大きさ、同じかまえ。
同じかまえから同じ斬撃が飛んでくる。
だから本来ありえないほど部隊が密集した状態で激突した。
ゴガアアアアアッ!!
すさまじい轟音が草原に響きわたった。
激突する数十の刀と盾。
一部の盾兵が威力に負けて後ろへたおれた。
『チッ、根性なしが!』
いまいましそうなリカルドの罵声。
だが口調ほど彼は怒っていなかった。
赤備えの突撃が予想以上に強力だったからだ。
同じ型の機兵、同じ武器、同じかまえ、同じ斬撃。
だからこそできる密集しての集団突撃。
バカみたいに単純なやり方だが、それだけに無駄がない。
全軍が敵にむかって日本刀を振り上げ、叩きおろす。
それをひたすらくり返す。
くり返しているうちに弱い盾兵からくずれはじめ、中央はドンドン天使側が押しはじめた。
『おお、思った以上にいいなコレ』
勇輝は予想以上の効果にうれしい誤算だった。
実は異世界転生もののお約束、『現代知識で無双する!』というやつなのだ。
地球で一人暮らしをしていたころ、インターネットの動画でとある戦国大名家の剣術を解説するものを見たことがある。
動画主本人も剣道の有段者だということだった。
上段に武器をかまえて打ち下ろす、ひたすらにこればかりを修練するから実戦レベルにまで育つのが通常の剣術よりも相対的にはやくなる。
しかも全員が同じ技を使うから左右との連携がとりやすい。
『それ』だけしかできない戦法だが、しかし『それ』は実戦のなかで考えぬかれ磨き上げられた戦法なのだ――という動画だった。
単純な力押しで中央を圧倒する赤備えの軍団。
しかし快進撃はそこまでだった。
ドドドッドドドッドドドッドドドッ……!!
はげしい振動とともに重低音の足音が近づいてくる。
左右から「ケンタウロス騎兵」が駆けつけたのだ。
正面の敵にすべての戦力をつぎこんでいた赤備えは、ろくに抵抗することもできなかった。
次々と突撃してくる騎兵の槍で突かれ、馬蹄で蹴られ、さんざんに打ち負かされてしまった。
中央の盾兵たちはずいぶんやられたが、時間かせぎの役割はじゅうぶん果たしていたのだ。
リカルドの作戦勝ち。
横陣という基本陣形の勝利である。
『ありゃりゃ、やっぱりこうなっちまったか』
特にショックをうけた様子もない勇輝の声を聞いて、リカルドはあきれた。
『おめえ、こうなるのが分かってたんなら対策しろよ、アホか!?』
『……対策のしかたがわかんねえ』
『にわかのド素人が!
布陣からしてテメエは負けてんだよ!
騎兵をおさえる部隊をなんで置かなかった、ああ!?』
『いや……来たら迎えうてばいいかなー、って』
『できるかアホ!
戦いってのは始まる前にどれだけ準備できるかが肝だ!
テメエの行き当たりばったりに部下の命を賭けさせんな!』
『……はぁい』
動画を数十本見たというだけで指揮官がつとまるわけもない。
まずは敗戦から勇輝の指揮官人生ははじまった。





