高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に……やっちゃダメ!!
「……農業生産なんかは手つかずの土地がいっぱいあるから、もっといけるんじゃないかと思うけどね」
どことなく負けおしみのような口調で、次期教皇マッテオ氏はつぶやいた。
他にも大人数が必要な社会システムは色々とありそうな気もする。
しかし枯渇した資源はもどってこない、というのは事実であった。
死滅した動物はもう食べられない。
枯渇した金銀はもう手に入らない。
こんなことは当たり前の話であるが、しかし経済活動を自分でブレーキかけることが難しいのは歴史が証明している。
地球人はマンモスを狩りつくした。
その他多くの動植物を絶滅させた。
密林は半減し、廃鉱となった鉱山は数しれず。
それは事実である、こっちの世界の人間たちもいずれは似たようなことをやるだろう。
だが。
「野菜は農業で。
肉は牧畜で。
魚は養殖で。
金銀は再利用で。
なんとかやっていけると思うんだけどな。
そのために人口はあるていど多くないとムリだよ」
さすがに老政治家。
感情的にイヤだダメだと言うだけでは終わらない。
「は、はあなるほど……」
ただただ感心するだけの勇輝。
ヴァレリアはおだやかに議論を先にすすめた。
「イグナティウスという人物は、世界のすべてが自分の手の中におさまっていないと気がすまないのでしょう。
これまでにもそういう方々はいらっしゃったでしょう?」
「ああ、そうだね。
とくに権力者におおいタイプだ」
マッテオ氏は肩をすくめ苦笑した。
「実は聖都の中にもそういう人たちが多くってね」
「……だいたいの事情は察していますよ」
二人はさびしさを共有するような、冷えた視線を交えた。
「いよいよ本格的にね、《呪われし異端者たち》に教皇暗殺の報復戦争をしかけるっていうんだ。
とくに精力的に活動しているのは騎士団総長フリードリヒ・フォン・ギュンダーローデさん」
この応接間にいるもの全員、フリードリヒのなにも考えていない爽やかな笑顔を脳裏に思いえがいた。
ジェルマーニア帝国の皇族出身。
笑顔だけがとりえの白馬の王子様が30年老けただけ、という人物である。
お飾りはお飾りらしく、ジッと座っていてくれればいいのだが、本人には自分がお飾りだという認識がない。
彼はいま義憤、つまり正義の怒りに燃えて悪をたおす大戦争をおこそうとしているのだった。
「まあ、何もせずにいられる状況は無いのはたしかです」
ヴァレリアも戦争そのものを反対している様子ではなさそうだった。
戦費がどうの補償がどうのとつねに口うるさい彼女だが、べつに反戦平和主義者というわけではない。
彼女が嫌うのはあくまで不合理と非効率である。
それは軍務省長官の身分をうしなう今となっても、変わることはない。
「たとえフリードリヒさんが嫌がったとしても、国民が許さないでしょう。
《呪われし異端者たち》はこの世でもっとも重い罪をおかしたのです。
これを罰することが出来ないようでは、我々に神の信徒を名乗る資格はありません」
らしくもなく攻撃性を表に出すヴァレリア。
彼女の中にも、先代教皇を守り切れなかったという後悔の想いがのこっている。
しかしそれでもヴァレリアはヴァレリアであった。
「……ただ、何をもって報復をなしたと呼ぶか、それは出撃する前に決めておかねばなりません。
勝利条件を決めないままに遠征をすれば、聖騎士団は泥沼の地獄にはまることとなるでしょう」
教皇を暗殺した張本人は、取るに足らない末端の構成員だった。
しかも上層部から命令されて実行したのですらなく、自分たちの判断で勝手に行動しただけだ。
そして何より、彼らは事件当日の夜に第四騎士団長フォルトゥナート・アレッシィの手によって斬殺されている。
これらの情報は今までやってきた数々の調査行動によってあきらかとなっている。
つまり、殺人をおかした本人はもうこの世にいない。
ならば何をもって報復とするのか。
何をもって決着とよぶのか。
それを決めずに戦争を開始すれば、いつまでも終われない無限地獄に迷いこむ危険がある。
勇輝はふと思い出して、ポツリとつぶやいた。
「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する。
ってか……?」
有名な死亡フラグだ。





