どえらい来客
聖都に帰還した勇輝を待っていたのは、ようやく教皇選挙の儀が決着したという件。
そしてやはりヴァレリアが軍務省長官の地位からはずされると決定された件だった。
「なんだかなあ……」
勇輝は自室のベッドにゴロンと寝転がった。
あらかじめ可能性はあると言われていたが、いざ解任となるとひどくむなしい気持ちになる。
ヴァレリア・ベルモンドが長官としてはたした功績は大きい。
破綻寸前だった財務状況の立て直し。
魔王戦役と邪竜討伐での戦功。
その他、守護機兵メンテナンス項目の追加や衛生環境の見直し、物資補給の管理強化などなど。
とにかく大ざっぱでデタラメだった聖騎士団を体質改善させ、不足していたものをドンドン取り入れ、組織をより強固なものにしたことは間違いない。
はじめは不満タラタラだった男たちも、今ではかなり文句の声が小さくなってきている。
なにせ先代長官のころは、給料支払いが遅れることだってよくある出来事だったのだから。
先代カルロ・アレッシィ『お父さん』から現在のヴァレリア・ベルモンド『お母さん』に変わったとたん、家計管理が劇的に改善されて軍の活動はハッキリ明確にやりやすくなった。
いくら軍隊だからといっても、元気よく拳を振り上げているだけではダメなのだということ。
ようやく全員が理解できてきたというのに。
「俺も今後は動きにくくなっちまうな……」
勇輝はもう一度ゴロンと転がって、ベッドの上に腹ばいになった。
腹から床へ魔力をおくり、カーペットの上にタマゴを二個、ポコポコっと作り出した。
「出ろ、ミニエッガイ」
タマゴの中からポポンっと小さなエッガイたちがあらわれる。
どちらも爪楊枝みたいに小さな木刀をもっていた。
「戦闘訓練をしてくれ」
『リョウカイ!』
甲高い、カワイイ声で返事をしたミニエッガイたちは命令通り戦闘を開始する。
ペチ! パチ! チキ! カチッ!
チョコチョコとコミカルに動きまわり、戦いつづける小さな戦士たち。
剣技だけではなく、蹴りやパンチなども組み合わせた複合戦闘術を使っている。
これは遊びではない、れっきとしたデータ収集である。
文字通りの小さな積み重ねだが、こういうのをチョットずつ集めていくのが重要なのだ。
数分の格闘戦の後、魔力を使いはたしミニエッガイたちは停止した。
「ありがとな。
セラ、データは取れたか?」
魔法の指輪にむかって話しかけると、中から相棒セラの声がする。
『はい。すべて記録してあります』
「うん」
勇輝はミニエッガイたちをなでて感謝をつたえ、もとの床に戻した。
「このデータ、ムダになんねえよな……?」
『ユウキ様をのけ者にするメリットは皆無であると、私は考えます』
「まあ、そうは思うんだけど」
セラに励まされても、胸の奥のモヤモヤは解消しない。
長官がヴァレリアだったから今まではかなり自由にやってこれた。
だが今後はどうなるかわからない。
城壁の上に配置しているエッガイたちも邪魔だからどけろと言われてしまうかもしれないのだ。
勇輝の手にいれた技術ははまだまだのびる分野である。
しかし活躍の場がなければ宝の持ち腐れであった。
「いかん!
なんだか心が腐ってきた!」
勇輝はガバっと起き上がり、ベッドから抜け出す。
気分転換が必要だ。
外へ出よう。
新鮮な空気を吸おう。
のん気にふて腐れているような状況ではない。
こうしている間にもイグナティウスは世界をひっくり返すようなとんでもない事件をおこそうとしているに決まっているのだ。
力がいる。
自分の正義を曲げなくてもいいくらいの、とびっきり強い力が。
勇輝は庭に出た。
ベルモンド邸の広い庭だ。
「んーっ!」
大きく両腕をのばし、伸びをする。
関節がゴキゴキと鳴った。
「あらユウキ様、ごきげんよう!」
ちょうど庭の掃除をしていたメイドのジゼルに出会う。
「やあジゼル。なんだか久しぶりだね」
「ウフ、ユウキ様はいつもいそがしく飛び回ってますからねぇ」
「ははは」
「ウフフ」
軽く談笑する。
そういえば彼女も元政府高官の養女なのだが、うっかり忘れてしまいそうなほどメイド姿が馴染んでいた。
「おやおや、楽しそうだね」
ふいに離れた場所から声をかけられた。
見れば入り口の鉄柵ごしに老人がこちらを見つめている。
中肉中背、白髪頭のにこやかな老人だ。
「あらお客様?」
「ああこちらの女主人の、古い友人でね」
「ヴァレリア様の……」
ジゼルは老人の顔をマジマジと見て、誰なのかを思いだそうとしているようだった。
ちなみに勇輝はまったく見覚えがない。
「ええっとぉ……?」
「マッテオ・デ・チェンタが来たと、取り次いでもらえんかな」
「ハーイ! マッテオさんですねぇ、少々お待ちを……」
満面の笑みを浮かべていたジゼルであったが、その笑顔が凍りついた。
「ど、どうしたジゼル?」
「あ、ばばばばほげごげらば!!」
わけの分からないことを言いながら逃げるように全力疾走で屋敷に飛び込んでいく彼女。
あらためて老人の顔を見ると、彼は困り顔で苦笑していた。
「……もしかして爺さん、すっげえ偉い人?」
「まあ、ちょっとだけね」
それが次期教皇との出会いだった。





