星となって消える夢
「目覚めていたのなら、どうして言ってくれなかったのですか」
「世界中を歩き続けていたのでな」
イグナティウスは表情一つ変えずに弟子にそう答えた。
「ですけど……」
つづけて文句を言おうとするエウフェーミアの身体に強風が吹きつけた。
長い金髪が強風にたなびく。
伝説の聖女は顔にかかる前髪をうっとうしそうにかきわけた。
「これは、風……? そういえば地上にはそんなものがあったわね」
エウフェーミアの暮らす宇宙はほとんどが虚無。
彼女の居住空間にあるものはすべて魔力で生みだした物ばかりである。
だからエウフェーミアが欲しいと思うものしかあの場には存在しない。
「それだ、弟子よ」
「それ? 風がどうかしました?」
イグナティウスは直接エウフェーミアの疑問には答えず、まぶしく光り輝き出した。
光っているだけではなく、燃え盛るような熱を帯びている。
まるで小型の太陽だ。
まぶしさに顔をしかめる聖女の額からツゥー、とベタつく水分が流れ出した。
「ヤダ、なにこれは、嫌だ」
エウフェーミアはおでこや首筋を手でぬぐう。
「名前すら忘れているのか、それは『汗』だ」
「あせ? ああそういえば、ユウキがよくかいているわ」
わずらわしそうな顔でエウフェーミアは結界をはり、自分の身を守った。
ドラゴンブレスをはじき、絶対零度もとおさぬ究極の防御結界。
そんな究極魔法だが、彼女は風で髪がみだれるとか暑苦しいからとかそんな理由で使った。
「いったい何が言いたいのです、お師匠様」
「我と汝は世界を支配しながら、世界を正確に見ていなかった。
地上の民は日々風に吹かれ、汗を流して生きているのだ、天から見おろしていた我らはそれを忘れていた。
違うか、弟子よ」
「まあ、そうかもしれませんね」
いちおう丁寧語を使ってはいるが、エウフェーミアの態度はなれなれしく敬意が不足しているように見受けられる。
親子同然の間柄なのに数百年ほったらかしにされたのだ。
心の中では不満が渦巻いているにちがいない。
イグナティウスは弟子の不満に気づいているのかいないのか、まったくお構いなしに自論を展開しつづける。
そんな中、十二天使の一角が勇輝とクリムゾンセラフにむかって降下してきた。
先頭に立って降りてきたのは白い天使。
第四天使《アプリーレ》だ。
『勇輝ちゃーん、迎えに来てあげたわよん♪』
あいかわらずのオカマキャラであった。
白いオカマ天使が接近してくるのを見て、ユリアナが動揺した。
『お、おい、なんだこいつは』
『あらん、アナタもアタシと同じ白い熾天使タイプなのね!』
《アプリーレ》も《アルブム》も白一色の熾天使型守護機兵。
遠くから見たら同じ機体が並んで見えるだろう。
『ユ、ユウキ、聖女の性癖とは、これか……?』
『まあな。
もっと色々いるぞ、ヘンな奴ばっかり』
『……度しがたい」
そんなとりとめのない会話をしつつも続々と天使たちが地上に降り立ち、クリムゾンセラフを抱きしめる。
第十天使《ヘルクレース》。第十二天使《エクスペラトリス》。
『せら、タスケニキタ! オニイサマタスケニキタ!』
『お久しぶりですヘルクレースお兄様』
『オオー!』
脳筋バカヘルクレースは、クリムゾンセラフの人工知能セラに『お兄様』と呼ばれることをとても喜んでいる。
『カエロウ、えふぃノトコロヘ!』
ヘルクレースはクリムゾンセラフをガシッ! と抱きしめ、高々と抱え上げた。
『ちょ、ちょっと待て!』
『カエロウ!』
単純バカのヘルクレースはひとつしか命令をおぼえられない。
エウフェーミアに勇輝を連れ帰れと言われたら、それしか考えられないのだ。
左右に他の十二天使もいたが、ヘルクレースと意見は同じだった。
『ユウキ、お嬢様を困らせてはいけないよ。
このチャンスをのがしたら、キミはイグナティウス様のものになるしかなくなっちゃう』
少年執事エクスペラトリスにそう諭される。
もっともな意見だ。
勇輝の力ではイグナティウスに対抗できそうもない。
服従か死か。
いつかはそんな選択をせまられるだろう。
しかし。
『ユリアナ!』
《クリムゾンセラフ》はユリアナが乗る機兵《アルブム》にむかって手をのばした。
『お前もこっちへ来い!
世界にはまだまだ面白いことがあるんだ!』
『あ……』
《アルブム》の手、ユリアナの手は一瞬勇輝ののばした手を取ろうと動いた。
しかしその手はのびきることなく、力を失ってダラリと下がってしまう。
『ユリアナ!』
『……責任があるんだ、使命があるんだ。
先祖代々、私たちはこの時のために地下にかくれて耐え忍んできたんだ』
ヘルクレースが翼を広げ、大空へ飛び立つ。
アプリーレもエクスペラトリスも後ろへつづく。
『来るんだ、ユリアナーッ!』
《アルブム》はもう手をのばさない。翼も広げない。
『自分ではもうどうしようもないんだよ。
もう今さらなんだ、他の生き方なんてないんだ』
遠ざかり小さくなっていく天使たちの影を、ユリアナ、いやユーリはいつまでも見上げつづける。
天使たちはやがて星のように小さく輝くようになり、それもやがて消えた。





