心の価値は
ここは大森林の奥地にかくされた、《呪われし異端者たち》の地下城である。
勇輝にとって敵地の真っただ中だ。
騒ぎを聞きつけて多くの敵が押し寄せてきた。
圧倒的な不利である。
「貴様! 堂々とよくも現れたな!」
先頭で殺気をみなぎらせているのは、見覚えのある白髪の男。
黒目金眼の妖眼をもつ魔人。名前は……。
「よう、お前もここにいたのか、グレーテル」
「グレー『ゲ』ルだ!
やはり貴様か! 貴様のせいだったか!」
妙にはげしい怒りをみせるグレーゲル。
「なにをそんなに怒ってやがる」
「ジェルマーニアの皇女が我が名を間違えていたことだ!」
グレーゲルのうしろで構えていた連中が左右に展開して、いつでも攻撃開始できる態勢に入った。
勇輝も足から床へと魔力を流し、迎撃態勢をとる。
相手はどいつもこいつもグレーゲルの失敗作のような外見をした男女だった。
片眼だけ金色の者。
髪の一部分だけ白い者。半分だけ白い者。
眼球の白目の部分が黒いが、瞳は金色になっていない者。
パッと見た感じ、グレーゲルだけが成功例で、他は全員失敗作。
なにかしら難しい技術をつかって人体改造をおこなった結果。
そんな印象だった。
部屋の奥に勇輝。出口側に魔人たち。
両者の殺気が高まり、爆発寸前となる。
「待て、争ってはいかん」
両者の間にイグナティウスが割って入った。
「エウフェーミアの娘には成すべき役割がある。
両者矛をおさめるのだ」
「し、しかし、その者は我らの使命を妨害しつづけた前科がございます!」
グレーゲルはなおも諦めようとしなかったが、私情を理解しない聖人はまったく意に介さなかった。
「大事の前の小事である」
「…………!」
その無慈悲な言葉を聞いて彼らはみな、悲しみと怒りが混ぜ合わさったはげしい表情となった。
彼ら《呪われし異端者たち》たちが今までおこなってきた努力は小事、つまり小さなつまらないことであると。
払ってきた犠牲は無意味であったと。
そう言われたも同然だったからだ。
やってきた行為が『善』か『悪』かといえば『悪』であろう。
少なくともこの世界に住むほとんどの人間にとって、《呪われし異端者たち》の存在と彼らの行為は『悪』である。
それだけ彼らは他者の命を奪ってきた。財産を破壊してきた。
しかしだからこそ彼らが払ってきた犠牲も夥しいものだ。
それを小事といわれては遣る瀬無い。
勇輝はあえて口をはさまず聞いていたが、心の中でベアータという女のことを思い出していた。
本当の名はアニータ。
辛く悲しい境遇のため本当の名前を捨て、《呪われし異端者たち》となった狂気の殺人鬼である。
まさに悪女とよぶしかない凶悪犯罪者であったが、悲しすぎる人生を強いられたあわれな女でもあった。
ベアータの死の直前。
彼女は勇輝にむかって血まみれの笑顔をむけた。
直前に死をひかえてようやく素直になれた、苦しみから解放された、そんな悲しい気配の笑顔だった。
あいつの苦しみは無意味だったと?
必要のないものだったと?
勇輝にとってそれは受け入れられない考え方だ。
「俺になにをさせようってんだ」
勇輝は感情をおさえた無表情でイグナティウスに問う。
「そこまで気持ちが通じないと逆に興味がわいてくるぜ。
アンタなにを考えて、どんな世の中を作ろうとしているんだ」
にらむような勇輝の視線。
イグナティウスは涼しい顔で受け止めていた。





