第二十四話 獄中の聖女、略して獄女
真実の目による取調べから、一、二時間ほど時は流れる。
デル・ピエーロ卿はベアータに言われるがまま、眠ったままの勇輝を牢屋の中に寝かせることにした。
本人は執務室に閉じこもって、ひそかに葡萄酒を飲みつづけている。
まだ仕事を終えるには早い時間だが、どうやらそれどころではなさそうだ。
彼は真っ青になってふるえている。
いくら飲んでもまるで酔えない様子だ。
「何をそんなに気を揉まれているのです」
ベアータの言葉がひどく癇にさわったようで、デル・ピエーロ卿は声を荒げた。
「何をだと、これが気にせずにいられるか!」
机をドンと乱暴に叩く。
ワイングラスから葡萄酒が飛び散り周囲を汚すが、構わず彼は怒鳴り続けた。
「本物だぞ、本物の聖女をわしらは敵に回してしまった!」
「私は本物とは思いません」
主を落ち着かせるためか、ベアータはできるだけ穏やかに語りかける。
「すべては彼女の妄想です。
おそらく突然変異的に紅い眼をもって生まれてきてしまったせいで、あの女狐・ベルモンド卿に目をつけられ妄想を植えつけられたのです、そうに違いありません。
あのように粗野な小娘が聖女であってたまるものですか」
「本当にそう思うか」
もちろん、とベアータは断言する。
「もうすでに街中で騒ぎになっておりますよ。
聖都を救った聖女の正体は、実はベルモンド卿がたくらんだ自作自演の偽者であった、と」
「なに?」
デル・ピエーロ卿は不審そうに眉をひそめた。
「なぜこんなに早く世間に広まっておる?」
「私が手の者に命じて広めさせました」
「貴様、勝手な事を!」
血相を変えたデル・ピエーロ卿を、ベアータはまあまあと言ってなだめる。
「元々あの者たちに罪を着せて処刑する予定だったはずです。
私は猊下のご意思に従って、やっておかねばならない下準備をしておいたまでの事ですわ。
かの偽聖女もベルモンド卿も、良い意味で知名度の高い方々。
いきなりこの者たちは罪人だった、だから死刑だ。
などと伝えしましても民衆は納得いたしませんでしょう。
まずはその名声を地に落としませんと、ね?」
「そ、そうか、そうだな」
デル・ピエーロ卿は彼女から目をそらし、せわしなく膝をふるわせた。
ひどく情緒不安定になっている。
「そうだ、ヴァレリアの奴に命乞いをさせてやろう。
その態度が良ければわしの妾にしてやる。
あの女狐、いまだに男を知らんだろうからな。
どんな声で鳴くのか今から楽しみだわい。
ワッハッハッハッハ!」
つまらない虚勢をはる主の横顔を見て、ベアータは冷ややかな軽蔑の視線を送っていた。
さらに時間は流れ、夕方。
薄暗い牢屋で勇輝は目覚めた。
場所はベッドの上。
姿は全裸のままで、上から毛布をかけられていた。
「ん~っ」
背伸びをするとゴキゴキ音が鳴った。
やはり質の悪いベッドだと身体に不要な負荷がかかる。
「取り調べは終わったのかあ?
俺もどんなだかちょっと見たかったな」
ファ~ア、と大あくびを一つ。
周囲を見わたすと、薄汚れた床の上にカゴが一つ。
そのなかに勇輝の服が一式そのまま入っていた。
もちろん全裸のままではいられないので、すぐ着はじめる。
自然と、自分の身体が目に入ってくる。
いや自分の身体ではない。
世にもまれな美しさをもつ、聖女の裸身。
「…………」
今日も改めて触ってみた。色々なところを。
しかし。
「やっぱり何かイメージと違う……」
美しいとは思う。
だが肝心の部分でなんとなく性欲と直結してこない。
自分の身体だからなのか。
それとも何か秘密の制御でも仕掛けられているのか。
よく分からんが、不思議と興味が持てない。
宝の持ち腐れ(?)だ。
「まあいいか」
気を取り直して勇輝は着替えをすませた。
「……さてどうするか」
何もすることがない。
話し相手すらいない。
ベッドの上に座ってただぼんやりと考え事をする以外に、何もできなかった。
ヴァレリア様はいまどんな目にあわされているのだろう。
ランベルトとクラリーチェは無事なのだろうか。
考えたってわかるわけのない疑問が、グルグルと脳裏をよぎる。
……日本では俺が死んだあと、どうなってんのかなあ。
そんなことまで考え始めてしまったころ、何者かの足音が近づいてくるのが聞こえた。
カツ、カツ、カツ……。
どうやら一人。
隠れようという意図もなく、普通に近づいてくる。
(敵か?)
身構える勇輝。
だが姿を見せたのは思わぬ人物だった。
「こ、こんにちは~」
ベルモンド邸で自分を押し倒した茶髪巨乳の女の子だった。
鉄格子の向こうで愛想笑いを浮かべている。
「君は、えっと」
「ジゼルといいます~、デル・ピエーロ様の秘書をやってます、エヘ」
エヘじゃねえだろ、と勇輝は心の中で突っ込みをいれる。
「何か用かい、こんな所に来たら、またご主人様に叱られるんじゃないのか」
「う~、それはまあ、でも……」
ジゼルは鉄格子を指先でなぞりながら、言いにくそうにモジモジしている。
「なにモジモジしてんだ、またトイレか?」
「ちがうもん、ちゃんとさっき行ってきたもん!」
真っ赤になって否定する彼女を見て勇輝は笑った。
どうやら悪い子ではなさそうだ。
「悪りい悪りい、で、何の用なんだ?」
ジゼルはうっと言葉に詰まり、十秒ほどのためらいの後、ようやく口を開いた。
「旦那さまを助けてください」
何を言われたのか、一瞬勇輝にはわからなかった。





