月光に映(は)える
「翼をだして!」
クラリーチェが指輪を前に出して、《銀の鷹》に命じる。
直後、指輪から巨大な銀色の翼があらわれて大きな盾となった。
生身での戦いならこれでどんな剣や弓矢もふせいでくれるだろう。
「これはすごいわ……! これならどんな刺客からも守れる……!」
自分が強くなったことよりも、主君を守りやすくなったことをよろこぶ。
護衛の鑑のような乙女だ。
しかし、護衛としては模範的だが、友人としてはどうだろう。
まだ《銀の鷹》を便利な道具あつかいしているような言いようだったので、勇輝は口をはさんだ。
「クラリーチェ、うれしかったらそいつをホメてあげて。
そいつにはもう心があるんだ。クラリーチェによろこんでほしいから頑張れるんだよ」
「そ、そうね。そうだったわ」
クラリーチェは急にギクシャクした表情になって、たどたどしい手つきで目の前の翼をなでた。
「あ、ありがとう。頼りにしてるわ。
……こんな感じで、いいのかしら?」
巨大な翼はうれしそうにワサワサと揺れた。
「いいみたいだね」
「ふーっ」
クラリーチェはまるで大仕事でもしたかのように大きく息をはいた。
彼女は誰かを可愛がるという経験があまりないようだ。
犬や猫でも飼う経験があればちょうど良かったのだろうが、いきなりこんな大物の飼い主になってしまった。
まあエサの心配もトイレの世話もいらない上に言葉もつうじる。
そう思えばむしろ楽な部類かもしれない。
「もういいわ、翼をしまって」
クラリーチェが声をかけると、銀色の大翼はまさに魔法のように指輪に吸いこまれていった。
熱い視線で指輪を見つめる銀の乙女。
頭の中では色々と有効な使いかたを考えているのだろう。
また自分の殻にこもってしまったので、勇輝が声をかけた。
「ここでもう一回声をかけといたほうがポイント高いよ」
「そ、そう、ありがとう」
しかし指輪の奥からはなにも反応がない。
「こいつら人間よりずっと耳がいいから、ちゃんと色んな声を聞いて学習してるんだよ。
だから仲良くね」
「わかったわ」
クラリーチェはぎこちない動きで指輪をなでた。
もういい加減に時間もすぎたので、建物の中にもどることにした。
タイミングよく来客との面会は終わったようで、身分ありげな老人がお供をつれて退出するところだった。
「これは聖女様、本日もご機嫌麗しゅう」
「こ、こんばんは」
老人はじつによくできた愛想笑いをうかべて勇輝の顔を見つめる。
心の中で何を思っているのかぜんぜん分からない笑顔。
政治家の顔だ。
「聖女様はこのたびの教皇選挙について、どのようにお考えです?」
「俺ですか?」
政治能力なんて無いことを知っているだろうに、それでも聖女だからこんなことを聞かれてしまう。
裏表のある会話術なんて知らないので、勇輝はバカ正直に思いのたけを声に出した。
「俺には何が正しいのかは分からないです。
ただ目の前の問題と戦うだけですよ」
「なるほど、さすがは泰然自若としていらっしゃる」
落ち着いていて動揺しない様子、という意味だ。
「なるほど、なるほど、たしかにあるがままという考え方もありますなあ」
なんだかよく分からないが妙に納得した様子で老人は帰っていった。
「……俺そんなにいいこと言ったかな」
「さあ、受け取りかたしだいじゃないかしらね」
そもそも軍本部に来たのが放課後になってからのことだった。
待っている間に日は暮れ、廊下にはランプの明かりが灯る。
ようやくヴァレリアに会うことができた。
長い面会を終えて多少つかれが見える。
しかしそれでも姿勢をくずさず毅然としているのはさすがだ。
「あらあら急ぎの用事なのですか?
できれば家に帰ってからにしていただきたいのですが」
ヴァレリアの机にはまだ書類の束が残っていた。
急な面会があったせいでまだ仕事が終わっていないのだ。
追加で勇輝があらわれたことで、さらに帰宅時間が遅くなってしまう。
「ああいえ、俺の用事は一分くらいで終わりますんで。
だから少しだけ」
ちょっと迷惑そうなヴァレリアにそう言って、勇輝はクラリーチェを窓際によぶ。
「やってみせてよ」
「ええ」
クラリーチェは窓を開けて、手にはめた指輪を外へむける。
首をかしげるヴァレリアであったが、次の瞬間目をみはった。
クラリーチェの手から《銀の鷹》が飛びだし、闇夜に突然姿をあらわした。
部屋からこぼれる明かりをうけて銀色のボディがキラキラと輝く。
巨大な鷹はフワリと軽く羽ばたきながら地上に降り立った。
「セラのおかげで、クリムゾンセラフ以外の機兵も指輪に収納できるようになったんですよ!
羽根のはえた機兵限定なんですが、すぐに大量生産可能です!」
「なんと、まあ……」
夢でも見ているかのような表情でヴァレリアは《銀の鷹》を見つめていた。
「ユウキ、貴女のまわりは本当になにがおこるか予想できませんね」
人間たちが見つめるなか、巨大な銀色の鷹は首をフルフルと振りながら月の光を浴びていた。





