ダリアと魔法の指輪
北への遠征から帰ってきて以来、勇輝はいそがしい。
今日はエウフェーミア女学園で活動だ。
『よしいいぞダリア! だいぶ動けるようになってきた!』
『はい!』
中庭に二機の守護機兵が立ち、歩行訓練をおこなっていた。
一方は聖女の代名詞クリムゾンセラフ。
もう一方は聖都の量産型小型機兵《兵卒》……を真似して作った、相沢勇輝オリジナル機兵。
《兵卒》もどきに乗っているのは緑髪の女騎士ダリア。
皇女の側近である彼女は、守護機兵のあつかいを覚えるためにいま特訓中なのだ。
ダリアは皇女誘拐の時になにもさせてもらえなかったことを心の底から悔いていた。
あの日は貴賓席に同席させてもらえなかったので仕方ないのだが、心の底で渦巻く罪悪感と無力感はいかんともしがたい。
今後はなんとしてもお役に立てるように。
そう胸に誓って、新しい力をもとめたのだ。
この中庭はかつてダリアの祖父、グスターヴォ・バルバーリと勇輝が機兵に乗って一騎打ちをおこなった場所。
あの日はただエネルギータンクの役割しかできなかったダリアが、宿敵だった勇輝とクリムゾンセラフにささえられて訓練にはげんでいる。
人の縁とは不思議なものだ。
『よし、そろそろ休憩しようか!』
『……はい!』
ダリアはフーッ! と荒く息をはいた。
彼女は強い魔力の持ち主だがコントロールがまだまだ荒い。
ムダな消費をおさえられるようになるまで、実戦はきびしいだろう。
勇輝とダリアはおたがい機兵から降りて、中庭の一番ちかくにある校舎まで歩いてきた。
そこにはオープンテラスがあり、ダリアの主君マリアテレーズ皇女が、取りまきの女生徒たちとテーブルをかこんでいた。
「がんばっているようね」
「はい、ですがまだまだです」
お堅い口調で主君に頭を下げるダリア。
代々騎士の家柄だけあって自分に甘くない。
「ま、そんなに簡単にやられたらこっちは立場ありませんよ」
勇輝が軽口を言いながら着席する。
しかしそのセリフはマリアテレーズ殿下に軽妙に返されてしまった。
「あら、そういうことなら貴女こそ、自分のお義兄様たちの立場をなくさせてしまったのではなかったかしら?」
「うっ」
勇輝がぶっつけ本番でクリムゾンセラフに乗ったのは、この世界に来てたった二日目のことであった。
困り顔の聖女をみてまわりの生徒たちがクスクスと笑う。
なんだか気恥ずかしくなって勇輝は顔を赤くした。
「それで、ベルモンド猊下は今、どうなさってるの?」
「あの人はいつだって変わりありませんよ」
心の内では怒ったり焦ったりしていても、そうそう表には出さないのがヴァレリア・ベルモンド枢機卿というお人だ。
「凶刃の前に我が身をさらしても涼しいお顔をなさっているなんて、やはり立派なお方ね」
「そうですね」
「それだけに残念でならないわ。せっかくの機会なのに」
「まあ、ケガが治りきっていないんで、仕方ないです」
どうも苦手な話題がつづく。
勇輝はこういう社交会じみた会話はうまくないし、好きでもない。
「そ、それよりダリア。
ダリアは将来どんな機兵に乗りたいの?」
「え、そ、そうですね」
強引に話題を変えられてとまどうダリアであったが、しかし返答は具体的であった。
「ユウキ様のように、指輪の中に携帯できる守護機兵がいいです」
「えっ」
「いつでも殿下をお守りできるように備えたいので」
「ああ、なるほど」
ダリアのおかれている状況を思えば、非常にもっともな考えだった。
「そっか、なるほどなあ。
だったら初心者の今のうちにやっといた方がいいね」
勇輝はクリムゾンセラフのはいっている指輪を空にかざした。
「見ていて」
もはや学園の者にはおなじみとなった紅い天使が、中空にあらわれる。
ふわりと翼をはばたかせ、大地に立った。
「この『フワッ』とした着地ができないと、危険すぎて出し入れできないんだ」
「そうなんですか?」
「うん、機兵ってこのとおりデカくて重いじゃん?
ドスンと落ちた時に誰かを踏みつぶすかもしれないし、足元が悪いとズッコケて大惨事になっちまう」
「あ、なるほど!」
ダリアは強くうなずいた。
ちなみにこの危険性に気づいたのは勇輝ではなくセラのほうである。
聖女の鎧として間違いをおこさないように、という心づかいがあればこそこういう行動が必要であると気づけたのだ。
一方、ガサツ者の勇輝はセラのそんな気づかいをまったく理解しておらず、かなりの長い期間、
(なんかこいつの登場シーン、いっつもカッコつけてんな)
と思うだけであった。
「というわけでさ、指輪で持ち運べる機兵って《人工知能搭載型》で、《飛行タイプ》だけにかぎられるんだけど、それでいいかな?」
「はっ、はい! 頑張ります!」
ダリアはやはり生真面目に返事をするのであった。





