星と戯れる夜
「それでお師匠様は嫌気がさして、人間にかまうのを辞めちゃった?」
「まあそこまで単純じゃないけど大まかにいうとそんな所ね。
お師匠様は自分はもう必要ないということか、と言ってみずからを称える遺跡や書物、財産なんかを風化させる呪いを世界中にかけたの」
「あ、それで地上にあるわけないっていうセリフにつながったわけね」
「そう。あの教会はきっと後から作らせたものだわ。お師匠様は私が気づかないうちに、すでにお目覚めになっているみたい……」
エウフェーミアは胸元で手を組み、祈るようにして意識を集中させた。
しかし。
「……だめね。
やっぱりお師匠様の気配は感じとれない。
寝ているなら寝ているで、かすかな魔力のゆらぎくらいは分かるはずなのに」
「つまりかくれて行動しているってわけか。
《呪われし異端者たち》の親玉として」
勇輝たちは眼下にひろがる大きな世界を見つめた。
エウフェーミアの師匠、聖イグナティウス。
そんな偉人がよりにもよって《呪われし異端者たち》のボスとは。
「……なにをしようとしているか、見当はつかないかな?」
「分かるわけないわよそんなこと」
エウフェーミアは首を横にふる。
「けど確実に言えるのは、とても大きなことをなさるつもりなのは間違いないわ。
そうでなければお師匠様がみずから動くはずないもの」
「大きなことか……」
きっとこの世界がひっくり返るほどの。
しかし具体的にはなんなのか分かるはずもなく、勇輝たちは漠然とした不安におそわれるがままであった。
一方、こちらは大森林の奥地にかくされた、《呪われし異端者たち》の城。
あの人質無断解放の一件いらい、ユーリは自室に監禁されつづけ憂鬱な日々をすごしていた。
いま、彼女は窓から夜空を見上げ、星をながめている。
こんなささやかなことが今の彼女にとって一番の楽しみであった。
「星占いというのはもしかして、私のような身の上の人間が作ったのかな」
そんなことをつぶやいてみる。
自分自身ではどうにもならない運命を嘆き、身近なものの中に救いをもとめたくなった人々の想い。
それが占いなのではないか、と。
「フッ」
首をふって埒もない空想を捨てた。
マリアテレーズ皇女を解放した行為は、いまでも間違っていないと信じている。
教皇暗殺、そして皇女誘拐、あれらは末端の信徒たちが独断でおこなったものである。
ゆえに恐ろしいほどの行き当たりばったりで、
『とりあえずやれることをやってみました。あとは何とかしてください』
というメチャクチャな話だったのだ。
兄エンリーケは面白がってなにか次の手を考えようとしていたが、ユーリからすれば無茶にもほどがある状況だった。
二つの国家を同時に敵にまわして、その場その場のアドリブでうまくやっていこうというのだから。それでやれると思っていたのだから。
妹として、組織のナンバーツーとして、兄の暴走を止めたのは正しいおこないだった……はずだ。
現実に勇輝たちは聖都へ帰り、ジェルマーニア帝国は具体的な動きを見せていない。
これで良かったのだ。良かったはずだ。
しかしならばなぜ、自分はこんな風に監禁されてしまっているのだろう。
「……星よ」
ユーリは戯れにささやいた。
「星よ答えてくれ。私はどうするべきであったのか?」
夜空の中で一番まぶしく光り輝いている星に問う。
答えが返ってくるはずもなかった。
「フッ」
自嘲して笑う。
次の瞬間だった。
『お前は間違えてなどいない』
男の声が脳裏にひびく。
ユーリは驚きのあまり心臓が飛びだすかと思った。
まさか本当に星が答えてくれたのか。
『私は星などではない』
また声がする。
幻聴ではない。
これは間違いなく現実だ。
『我が名はイグナティウス。汝らの主である』
ガタン!
ユーリは驚きのあまりイスを蹴倒しながら立ち上がった。
「せ、聖イグナティウス!?
ほ、本当に聖イグナティウスなのですか!?」
『我は偽りなど言わぬ』
イグナティウスを名乗る声は、ユーリに重大なことを告げた。
『ユーリ。カリスの魂を分けあたえられた子よ。
汝に命ずる』





