第二十三話 全裸です
ベルモンド邸から連れ去られて、勇輝とヴァレリアは別々に取調べを受けることとなった。
勇輝が警官隊に連行されたのは四方すべてを石壁で囲われた薄暗い部屋だ。
部屋に置いてあるのは大きく頑丈そうな台座に設置された巨大な水晶球。
風呂桶くらいの大きさがある白い器。
そして様々な薬品の入った棚と、あとは記録官用のシンプルな机とイス。
「拷問部屋にしちゃあ、変わったアイテムが並んでいやがるな」
虚勢をはる勇輝の軽口を、誰かが笑い飛ばした。
「ハッ、いきなりそんな時代錯誤な真似はせんよ」
後ろから何者かが遅れてやってきた。
デル・ピエーロ卿とベアータだ。
「テメエ!」
つかみかかろうとする勇輝を警官たちが取り押さえる。
腕力ではどうにもならない。
「これから《真実の目》による取調べを行う!」
デル・ピエーロ卿が宣言すると、警官たちが忙しく働き出した。
彼らの操作によって水晶球がほのかに輝きだし、風呂桶のような器には薄緑色の液体が満たされていく。
「なんだよ《真実の目》って」
「精神をそのまま映す魔法の水晶です。嘘をつく事は不可能ですよ、覚悟をお決めなさい」
勝ち誇ったようなベアータの態度に、勇輝はケッと喉を鳴らした。
「そいつぁ丁度いい、どっちが嘘つきかハッキリさせてやるよ」
目をぎらつかせて凄む勇輝に、ベアータは思いもよらぬ事を言いはなった。
「いいでしょう、では服を脱ぎなさい」
「……………………はい?」
「服を脱いで、その薬液に肩までつかりなさい。
同じことを三度は言いませんよ」
勇輝はしかたなく上着を脱いだ。
「全部です」
「いや、えっと」
勇輝はためらった。複数の男の目があったからだ。
「あまり甘えた態度をとると、ベルモンド卿の身に危害が及びますよ?」
「……チッ!」
そう言われては逆らえない。
勇輝は仕方なく下着を脱ぎ捨てた。
一糸まとわぬ彼女の裸身を見て、男たちから感嘆のため息があふれる。
透き通るような白い肌には傷一つ、シミ一つ無い。
野蛮な態度からは想像もつかないほど、彼女の身体は清らかで美しかった。
「ここに、入ればいいんだな」
勇輝は薄緑色の液体に足のつま先を入れて、全身に鳥肌をたてた。
「うひぃっ!?」
とんでもなく冷たい、まるで消毒液だ。
「こ、これに全身つけるの?」
「わがままを言うと、あのヴァレリアが」
「わかったよ!」
小さく悲鳴を上げながら、勇輝は氷水のように冷たい薬液に全身を浸した。
「つ、つ、つ、冷てええええええ!
いつまでこうしていなきゃいけないんだ!?」
「すぐ楽になります」
「ららら、楽? な、何の話……ん…………?」
急激な眠気に襲われて、勇輝は頭を左右にふった。
「よし、始めよ!」
すぐ近くにいるはずのデル・ピエーロ卿の声が、やけに遠く聞こえる。
すぐに目を開けている事もできなくなって、勇輝は意識を失った。
「何だ、これは」
巨大な水晶球には異様な光景が広がっていた。
そびえたつビルディング街。
道路を走る自動車。
見た事もない文字、髪型、服装……。
この世界の者たちにとって、勇輝の魂に刻まれた記憶はまったく異質のものばかりであった。
「ベアータ、これは何だ」
上司に問われてベアータは顔をしかめる。
彼女にも分かるわけがない。
「さあ、このような街が存在するのでしょうか。
それとも彼女の妄想の世界なのでしょうか。
この装置はあくまでも対象の精神を映す物ですので、現実と妄想の区別まではつきません」
「妄想だと、こんなにも細かくはっきり妄想を抱くものか?」
「私には分かりかねます」
戸惑いながら両者が言葉を交わしていると、映像が切り替わった。
大型の水晶球は勇輝がおぼろげにしか覚えていなかった記憶を、鮮明に呼び起こしてくれる。
電車にはねられ、事故死した勇輝の魂は宙を漂っている。
周りを何者かが取り囲んでいた、数え切れないほどの大勢だ。
「う、うおおおお!」
デル・ピエーロ卿が叫んだ。
取り囲んでいたのは、天使だった。
背中に白い翼を生やした天使が、数え切れないほど勇輝の周りを飛んでいる。
その天使たちの中から紅い眼をした金髪の美女が現れた。
「せ、聖女だ」
「本物の聖エウフェーミアだ!」
警官たちの中からも声が上がった。
『私の声が聞こえますか?』
『私の姿が見えますか?』
紅い眼の聖女が語りかける。
勇輝はその言葉に答えていた。
それからも水晶は映像を映し続ける。
昨日の夕方、事件が起こったその時のシーン。
決意を固めた勇輝は天使の助言を受けて紅の天使を生み出し、その力で数々の悪魔を討ち果たしてみせた。
「ほ、本物だ、彼女は本物の聖女だ!」
誰かがたまらずそう叫んだのをきっかけに、室内は騒然となった。
「お黙りなさい、静粛に!」
ベアータに一喝されて室内は静まり返る。
だが皆の内心が穏やかでない事は一目瞭然だった。
「言うまでもありませんが、この件は一切口外してはなりません。
万が一、外部にもれた際はしかるべき処罰を覚悟していただきます。
そうですわね猊下?」
「う、うむ」
ぬかりなくデル・ピエーロ卿の言質をとって、ベアータは警官たちに退出を命じた。
「この場は一旦封鎖いたします。
猊下の許可なく出入りする者は罰します。
総員退出!」
部屋を出て行く誰もが困惑の表情を浮かべていた。
魂は嘘をつけない。
つまり今見せられた神秘的な映像はすべて真実ということになる。
だがその一方で彼女は犯罪容疑者として連行されてきた者なのだ。
もちろんこの場にいた警官隊は、みなデル・ピエーロ卿の息がかかった私兵同然の者たちである。
だがそれでも目撃した出来事に対して、無感情ではいられない様子だった。





