銀のオカン
聖都に帰還した一行はまずマリアテレーズ皇女を《白い城》まで送り届ける。
次に軍務省長官ヴァレリア・ベルモンドに報告することとした。
しかし軍本部までたどり着いた一行はヴァレリアの不在をつたえられてしまう。
いまだ自宅療養中なのだという。
「まさか猊下はそれほどお悪いのか」
「い、いえっ」
ランベルトが秀麗な顔をけわしくして取次の者にせまる。
取次の男は恐怖に顔を引きつらせながら否定した。
「まだ念のためとかいって、クラリーチェさんが家から出したがらないんですよっ」
「クラリーチェが?」
「今は毎日ご自宅に書類をはこんで自宅勤務をなさっておいでです」
「それはご苦労だったな。手間がかかって大変だったろう」
理解を得られて取次の男はすこし満足そうだった。
長官のサインを得る、つまり許可を得るという行為はどうしても必要なものだ。
ここは軍務省、つまり軍隊組織である。
勝手に作業をすすめたら最悪の場合は犯罪になってしまうような仕事まであるのだ。
だから組織のためにも自分のためにもちゃんとした手続きが必要なのだが、いちいちベルモンド邸まで書類をはこんでいたのでは手間がかかってしょうががない。
時間もムダにかかる。一日で終わる仕事が書類一枚のために二、三日かかってしまう。
「わかった、クラリーチェには私のほうから言っておこう」
「お願いします!」
「う、うむ」
真顔でお願いされてしまった。
そこは愛想笑いをうかべるなりちょっと言葉をマイルドにするなりして、場を和ませるのが普通だ。
しかしそれも無いということは、よほど深刻に迷惑しているのだろう。
「ランベルトー!!」
久しぶりの我が家。
感慨にふける間もなく、クラリーチェがランベルトに飛びついた。
すぐうしろに勇輝もいる。ベランジェールもいる。
だがクラリーチェの目にはランベルトしか入らないらしい。
「大丈夫だった? ケガはしていない? また無茶なことをしたんじゃないの?」
「いや、戦闘らしい戦闘はほとんど無かったよ」
「すこし痩せてしまったんじゃない? ちゃんとゴハン食べてた?」
「いや元々こんなだ!」
口うるさいオカンみたいになってる。
「さあはやくヴァレリア様にあいさつに行きましょう、久しぶりに顔を見せてあげて!」
「言うほど久しぶりでも……おい引っ張るな!」
ランベルトは乱暴に引きずられて行ってしまった。
ちなみに勇輝たちのことはチラリとも見なかった。
まさかとは思うが居たことに気づかれなかったのだろうか。
「《銀の乙女》ってあんな人でしたっけぇ~?」
「いや、まあ、本質的にはあんなだったかも……?」
ベラン先輩の疑問に、勇輝はうなる。
愛したいものだけを強く愛する。
そういう社交的でない部分が前々からクラリーチェにはあった。
今回は一番大事な身内がひどい目にあったので、そういう問題点が強く表に出てしまったのだろうか。
「まあ入り口にいつまでもいるのもアレなんで。
こちらへどうぞー」
「はぁ、おじゃましま~す」
勇輝たちもあとに続いた。
ヴァレリアの私室でも、クラリーチェはほとんど一人でしゃべり続けていた。
「本当に私一人で大変だったんだから」
ヴァレリアは毒刃に刺されて重傷。
ランベルトは《呪われし異端者たち》を追撃して留守。
クラリーチェは自分一人で何でもやらなければいけない状況になってしまった。
刺客がとどめを刺しにやって来るかもしれない。
政敵が見舞いのふりして毒を盛るかもしれない。
パニックをおこした民衆が襲ってくるかもしれない。
戦力が分散している隙に悪魔が接近してくるかもしれない。
みんなの不安がまた魔王を生みだすかもしれない。
かもしれない。かもしれない。かもしれない。かもしれない。かもしれない……。
日に日に孤独なクラリーチェはおかしくなり。
ヴァレリアは立って歩けるようになっても部屋から出してもらえなかった。
「いや魔王が出たら家にいても守れねーじゃん……」
勇輝のつぶやきは無視された。
「とにかく大変だったんだから!」
四人の男女はクラリーチェの愚痴を長々と聞かされてしまうのだった。
それはさておき。
クラリーチェが言いたいことを言いきって疲れてしまったところで、ヴァレリアがようやくまともな話を切り出してきた。
「いま政庁では新たな教皇を選出するための選挙をおこなう準備をしています」
ガバッ、とランベルトが身を乗り出した。
「では! ついにヴァレリア様が史上初の女教皇になる日が来るのですね!」
目を輝かせる彼。
しかし肝心のヴァレリアは首を横にふる。
「いいえ。
わたくしは今回の選挙は辞退いたします。
投票にも参加いたしません」
聞いていた一同は言葉をうしなった。





