二人の力
ユーリの言葉を聞いても勇輝は半信半疑だった。
いや半分どころか八割、九割まで疑った。
相手の女の子ははあきらかに死んでいる。
高位聖職者であるヴァレリア・ベルモンドでさえ、死人は生き返らせられなかったというのに。
「本当になんとかなるのか!?」
「ええ」
おびただしい血だまりの中に足を踏み入れようとするユーリ。
しかし従者であるグレーゲルが前をさえぎった。
「おやめください、御身にご負担がかかりすぎます」
「やらせてくれ」
「いけません。そもそも御身を犠牲になさったとしても、うまくいく保証はございますまい」
ユーリはグレーゲルをにらんだ。
しかしグレーゲルはゆずらない。
「な、なんだよ、やっぱり無理なのか」
肩すかしをくったような勇輝の表情をみて、ユーリは頭の中がカッと熱くなった。
――このユウキにだけは軽蔑されたくない!
なぜだか分からないが、強烈にそういう感情がわきあがる。
「できる!」
「いけません!」
グレーゲルは語気を荒げて止める。
嫌われようと恨まれようとかまわない。
彼の忠誠心には常にそれだけの覚悟がある。
しかし主君がムキになる理由は勇輝にあるということも理解し、宿敵に明かしてはならないはずの情報をあえて伝えた。
「このお方の秘術は極めて繊細かつ、高度なものだ。
そして生命力の譲渡はお身体に深刻な負担をかける。
両方同時におこなえば、このお方の命が危険なのだ!」
だからあきらめろと、そういうつもりでグレーゲルは言った。
しかし勇輝は引き下がらなかった。
こちらも聖女として数々の奇跡を成してきた人物である。
不可能を可能にするために必要な最低条件を、すでに実体験として学習していた。
それは考えることをあきらめない、ということ。
一つの方法に執着せず、柔軟に方法をさがすこと。
「両方同時がヤバいってんなら、片方だけならどうだ」
「なに?」
「俺も聖女だ。何かできることはないか。
できることなら何でもするぞ!」
勇輝の紅い眼が情熱と信念に燃えている。
グレーゲルは不覚にも彼女の気迫に圧倒された。
「……なんでも、というなら一つだけお願いできることがある」
ユーリはつぶやきながら血だまりの中を進む。
ベチャ。ビチャ。
犠牲となった女の子には申しわけないが、足に不快で不浄な音と感触が伝わってくる。
「わかった! 言ってくれ!」
勇輝もバチャバチャと小走りで女の子の遺体に近づく。
血がはねて靴や服が汚れる。
だが文句は言わない。
「よし、ならあなたの血液を大量に、この子にかけて。
なるべく大量の魔力をこめて、この子の上から、大量に」
「…………!?」
さすがに即答はできなかった。
だがためらったのはほんの一瞬だ。
「わかった!!」
ジャキン!
勇輝は地面に魔力を流し、大きめのナイフを作り出した。
右手でナイフを握り、左の手首に当てる。
「ウ、ウオオオオーッ!!」
獣のように吼えながら、勇輝は自分の手首を切り裂いた。
傷口から鮮血があふれ出る。
「ぐぅぅ……! ウオオオーッ!!」
激痛に負けぬよう、大声で叫ぶ。
叫びながら全力で魔力をこめる。
全身から脂汗がふき出し、歯がくだけそうなほど食いしばっている。
痛くないわけがない。
辛くないわけがない。
だが、それでも、勇輝は正義の味方だから。
ユーリは鮮血にみなぎる魔力のすさまじさに驚愕した。
「こ、これほどの力……!?
これなら充分だ!」
ユーリが犠牲となった少女に祈りをささげる。
次の瞬間、少女の死体は黄金の光につつまれた。
「ウ、ウワアアアン! ウワアアアン……!」
近くで見守っていた住民たちは血まみれで泣き叫ぶ少女をみて、言葉もない様子だった。
愛娘を永遠に失ったと思っていた母親が、もう一生はなさない、というくらい強く抱きしめている。
たしかに死んでいたはずの少女は、すっかりケガもなく生き返っていた。
「やれた……! やれたよ、私……!」
荒く息をつきながユーリが笑顔を見せる。
目には涙がうかんでいた。
「すげえ……!」
勇輝も大いに感動していたが、こちらは顔色が真っ青だ。
「あ……」
「危ない!」
大量出血で意識が朦朧としている。
倒れかけたところをユーリが抱きかかえた。
が、ユーリには平均以下の腕力しかなかった。
「お、重い! 手伝ってグレ……ねえそこのあなた! 早く!」
「わ、私がこの女を!?」
「早くッ!!」
なんとグレーゲルは勇輝をお姫様だっこで抱きかかえるハメになった。
すさまじく複雑そうな表情をしている。
彼の表情をみて、勇輝は謝罪した。
「ゴメンねぇ、重いでしょ……」
「いや……」
重量に関しては問題ない。
問題は主義主張的な部分にある。
いっそこのまま殺してしまえば。
もちろんそう考えなくもないのだが、あまりにも住民たちの視線が集まりすぎていた。
住民たちはまるで神様でも見るかのような顔で三人を見ている。
さすがにこの状況では。
「このまま仲間のところまで運んであげましょう」
そう言いながらユーリは勇輝の手首を魔法で治療した。
命にくらべればこんなの、簡単なものだ。
「ありがとう、すごいねユリアナ」
「ううん、あなたがいたから。
一人ではきっと無理だった」
勇輝は抱えられながら。
ユーリは徒歩で。
ゆっくり進みながら二人は言葉をかわす。
「ねえユリアナ」
「なあに?」
「もう普通にしゃべってよ、ホントはもっと男っぽいしゃべりかたなんでしょ」
「う……」
芝居がバレていたことを知って、ユーリはバツが悪そうな顔になった。
「き、キライになったり、しない?」
「するわけないって。普段は俺のほうがひでぇよ」
「なら、そうしよう」
そんなようなことを会話しているうちにリグーリアの街を出て、聖騎士団の野営地に到着した。
見張りの騎士に勇輝を引き渡して、ユーリとグレーゲルの二人は来た道を戻ろうとする。
「ユリアナ!」
騎士に肩を借りた状態で、勇輝が呼びとめる。
「また会えるよな!?」
ユーリは答えにしばらく迷ったが、やがて決心した。
「そうだな。もう一回。
もう一回だけ会いに来るよ」
それで終わり。
永遠に終わり。
その言葉は口にしないまま、ユーリは立ち去った。





