巻き込まれた悲劇
あまり経験豊富な刺客ではない。
それは遠い距離でナイフを見せてしまった時点であきらかだった。
熟練者ならできるだけ見せないように使用するだろう。
ターゲットが一般人であっても、暴れたり大声を出されたりすれば面倒なものだ。
逆に武術の達人が相手であっても、不意を突くことができれば一撃必殺も可能だろう。
そういうことを理解していない六人の男たちは刺客といってもレベルのひくい刺客であると、勇輝とグレーゲルは一瞬で看破した。
ユーリは暴力にたいする知識がないので、そこは気づかないが関係ない。
「パックンフロアーっ!」
ばくっ!
まず前方の三人が盛り上がる地面にはさみこまれ、拘束された。
勇輝の得意技パックンフロアー。
初見でこの技を回避するのはほぼ不可能。
「う、うわあああー!?」
男たちが閉じ込められた中でみっともない悲鳴をあげている。こういう所も初心者くさい。
つづけて勇輝は右手の指輪を後ろの敵にむけ、たのもしい相棒を呼ぶ。
「セラっ! そっちの敵を捕まえてくれ!」
『はい』
指輪から巨大な腕がのびてきて、男たちに襲いかかる。
三人のうち二人がクリムゾンセラフの手に握られた。
「う、う、うわあーっ!」
残った一人はあっけなく背をみせて逃げ出した。
追う価値もなさそうなので勇輝は最後の一人を見逃す。
実につまらない連中だ。
少々の金でやとわれただけのゴロツキだろう。
「すごい……」
ユーリは一瞬ですべてが片付くのをみて感心するしかなかった。
「大丈夫かユリアナ? 怖がらせちゃったかな?」
「う、うん大丈夫。ちょっとビックリしちゃっただけ」
当の勇輝はケロリとしたものだ。
こんなもの戦いのうちに入らないらしい。
ユーリのうしろではグレーゲルが能面のような顔で勇輝の顔を見ている。
今のを見てもやはり『どうやって殺すべきか』などと考えているのだろう。
「さてと」
このマヌケな刺客たちをどうするか。
とりあえずロープでグルグル巻きにして野営地につれていくことにする。
勇輝はまずパックンフロアー内の三人を縛ることにした。
といっても包み込んだ地面をロープに変化させるだけなのでとくに難しいことはない。
作業に没頭している勇輝に見飽きたユーリは、うしろの二人がどうしているかを確認した。
「あっ」
ユーリは声をあげた。しかしどうすればよいのか分からなかったのでそれ以上のことができない。
クリムゾンセラフに握られている男たちは、パックンフロアーにくらべれば多少拘束がゆるかった。
二人のうち片方だけ、ナイフを握っている右手がフリーの状態だったのである。
男はナイフを勇輝の背中めがけて投げようとしていた。
しかしいざというタイミングでユーリと目が合ってしまう。
男は反射的にターゲットをユーリに変更した。
「…………!」
そこからは一瞬がスローモーションのように感じられる出来事の連続だった。
ユーリの胸めがけて投げナイフが高速でせまる!
逃げなくては。
逃げなくては。
どうして身体が動かないの。
死……!
しかしユーリの身に凶刃はとどかなかった。
グレーゲルが前に立ちはだかり、ナイフを手ではじき飛ばす。
「貴様……! このお方をどなたと心得る!」
怒りに我をわすれたグレーゲルが眼を金色に輝かせ、男を呪殺した。
「うげっ、が、ぁ……!」
相手の男は一瞬で窒息死してしまう。
いっしょにつかまっていた男は恐怖におののき、完全に戦意を喪失した。
それで終わりかと思いきや。
「イヤアアアアアッ!!」
思いもよらぬ方向から女の絶叫が。
グレーゲルがナイフをはじき飛ばした方向だ。
絶叫を聞いた誰もがそちらを見る。
ユーリも、グレーゲルも、勇輝も、拘束された男たちも、無関係の住民たちも。
そこには、真っ赤な鮮血の噴水が飛び散っていた。
噴水の出所はまだ幼い、小学生くらいの女の子。
「イヤッ、イヤッ、イヤアアアアアッ!!」
叫んでいるのは少女の母親だった。
グレーゲルがはじいた投げナイフには、殺傷力を増強させる魔力がこめられていた。
はじいたその先にこの不幸な少女が歩いていたのである。
状況を理解した周囲から、すさまじい悲鳴があがる。
少女はもはやピクリとも動かない。
母親は血にまみれるのもかまわず自分の娘に泣きながらすがる。
どうみても少女は絶命していた。
「こ、こんな、こんなっ」
勇輝も少女の無残な姿をみてガクガクとふるえている。
キッ! と怒りをこめた視線で投げた男を見るが、すでに死んでいる。
すべて手遅れだった。
自分が背を向けているうちにすべて終わっていた。
「う、うああっ、あああ……!」
こんな時、勇輝は無力だ。
聖女。天才。超人。
色々とほめたたえられてきたが、命をどうこうする能力はない。
聖都に住む百万人を危機から救ったことはある。
でも死人はたった一人も助けられない。死んでしまったらもう終わりだ。
できることはただ、少女の死を悼むだけ。
「ユーリ……、いえユリアナ様、いけません!」
グレーゲルが誰かを止める声がした。
誰もが悲劇に絶望する中、たった一人だけ動きだした女がいる。
ここ数日、自分にはなにもできない、なにもできない、と悲観してばかりだった女、ユーリ。
「私が、私なら、この子を助ける方法があります!」
ユーリの目には強い自信の光がやどっていた。





