街を見つめるユーリ
まさかこんなことになるとは。
ユーリは混乱した気持ちのまま、フラフラと夢遊病患者のようにリグーリアまで来てしまった。
暗殺なんて自分にできるのだろか。
殺人どころか人を叩いたことさえない自分に。
いつぞやの海岸から美しい街を見上げる。
茫然自失という表現がピッタリの心境だ。
人質さえ返せば彼らは帰るのだ。
それで時間がかせげるのだから、なにも問題はないではないか。
どうしてなんのかんのと理由をつけて人の恨みを買おうとするのだ。
自分たちが社会を相手に闘争をくり広げてきたのは手段であって、目的ではない。
あの円卓会議に出席した者たちは、誰も彼も大事なことを見失っているのではないか――。
疑惑と迷いのなかをユーリはグルグルとさまよっていた。
自分が正しいことをやらされている気がしない。
目指すべきところはもっと別にあるような気がする。
茫然と立ちつくすユーリ。
そんな彼女を見かねてか、後ろでジッと控えていたグレーゲルが突然前に来て跪いた。
「ユーリ様、すべて私におまかせください。
私はかの魔女を幾度も観察し、いくつかの弱点を発見しております」
「そ、そう」
「宿でお待ちになっていて下さい。私がすべて終わらせて参ります」
「いやそういう訳にもいかないだろう」
「蛇の道は蛇、でございます」
グレーゲルは黒眼金瞳の妖眼を光らせて主君に語る。
「ユーリ様はいずれ世界の王となるべきお方。
私はその道を切り拓く刃にございます」
「…………」
忠臣の心に触れてもなお、ユーリの迷いは晴れなかった。
そもそもどうやって接近すればいいのか。
そこからすでに難題だ。
勇輝はほとんど毎日大森林に出撃している。
あのクリムゾンセラフで飛び回っている彼女と、どんなふうに接点を作ろうか。
「またパーティをひらいてもらおうか?」
「……どんな名目にいたしますか」
「むむむ……」
遊びに来たわけでもないのに二度も三度もパーティに招待するのはさすがにおかしい。
忙しいからといって断られるだろう。
歩きながら悩むユーリ。グレーゲルは積極的に話しかけた。
「しかしリグーリアの住民たちは聖都からきた者どもを歓迎していません。
協力を得ることは可能かと」
「そうだな……」
街を歩く二人。とりあえず政庁を目指してゆるやかな坂道をのぼる。
ふとふり返ると、眼下に美しい海がひろがる。
港には、また聖都からきた水中専用守護機兵《魚人》が到着していた。
二度目の補給部隊が来たのである。
「……あのおかしな機兵を破壊すれば、補給を断てるな」
「はい」
「そうすればユウキたちは帰ってくれるだろうか」
「……むしろ戦力を増強される恐れもありますな」
フーッ。
ユーリはため息をついた。
まったく悩ましい……。
暗い表情で首をふっていた、その時だ。
『あっ、ユリアナ!』
天空から大きな声が自分の偽名をよぶ。
見上げれば巨大な紅の天使が降下してくるところだった。
「危ない!」
グレーゲルがユーリをかばって壁ぎわに誘導する。
だが彼の心配は必要のないものだった。
クリムゾンセラフは翼を大きく羽ばたかせてフワリと静かに着地する。
しかし風は強烈だった。
路上に突風がブワー! っと吹き荒れ、街の人々が悲鳴をあげる。
『あっゴメンみんな!』
天使の口から頭の悪そうな女の謝罪が聞こえた。
「……ユウキ?」
『うん、また会えたねユリアナ!』
「そ、そうね」
どうしよう。
まだ何も決まっていないのに、相手のほうから近づいてきてしまった。





