第二十二話 雑種の子犬
デル・ピエーロ卿は執務机を乱暴に叩いた。
「二人も取り逃がしただと、役立たずめ!」
叱責を受けた警官は、おびえた飼い犬のように首をすくめる。
「申し訳ありません、現在総力をあげて追跡中です」
「だったら貴様はなぜここにいる。
無駄口をたたいているヒマがあるならさっさとヴァレリアの飼い犬どもを捕まえて来い!」
「は、ははっ!」
老人のヒステリーを恐れて、警官はそそくさと執務室から逃げていった。
「まったくどいつもこいつも役に立たん……!」
興奮冷めやらぬ主人をなだめようと、ベアータが口を開いた。
「まあそう興奮なさらずとも、良いではありませんか」
「これが興奮せずにいられるかッ!」
デル・ピエーロ卿はクドクドと責めるような口調でこれまでの経緯を語り始めた。
街中に悪魔どもを解き放ったまでは計画通り順調だったのだ。
悪魔どもは街を徹底的に破壊してまわり、その大惨事は軍とその指導者に対する非難を呼び起こすはずだった。
……あの赤目の小娘さえいなければ、そうなるはずだったのだ。
ところが小娘の活躍は瞬く間に聖都中に広まり、非難どころか喝采を叫ばれている始末である。
軍の不始末がヴァレリアの責任になるように、軍の功績は彼女の手柄になる。
デル・ピエーロ卿たちは、結果的にヴァレリアを失脚させるどころか活躍の機会を与えてしまったのだ。
このままでは腹の虫が収まらんというわけで卿みずから探りを入れに行ってみれば、今度は彼らの計画がなぜか見破られて胸ぐらをつかまれる始末。
気に食わない。まったく気に食わない。
「だいたい今回の策は貴様が考えたのだぞ、何一つうまくいっておらんではないか。
どう責任を取るつもりだ!」
ベアータは責められるのは心外だ、とばかりに肩をすくめた。
「確かに想定外のトラブルが発生したのは事実です。
ですがベルモンド卿をおとしいれるという目的は十分に達成可能ですわ」
ベアータは、例の冷たい笑みを浮かべて老人に小声でささやく。
「今回の一件をベルモンド卿の自作自演という事にしてしまえば良いだけです。
売名行為のために聖女などという存在をでっち上げて、悪魔まで侵入させて利用した。いかがです?」
「むむ、良かろう、それしかあるまい」
「そのためには、ベルモンド卿と例の小娘を口封じのために殺す必要がありますが?」
「……仕方あるまい」
あまり気の乗らぬ様子ではあったが、彼はベアータの提案を承認した。
さらに悪だくみの協議を深めていこうとする二人。
だがそこで扉がノックされたので、二人は口を閉ざした。
「あの~、お茶をお持ちしました~」
ジゼルがティーセットを載せた台車を押して部屋に入ってくる。
それをベアータは露骨に邪魔者扱いした。
「ジゼル、猊下と私は大事な話をしています」
「で、でもあの、お飲み物があったほうがいいんじゃないかって思って、その」
「用があればこちらから呼びます。お下がりなさい」
「でも、あの」
「お下がりなさい」
ベアータの威圧的な態度にジゼルはおびえていた。
その様子を見て、デル・ピエーロ卿が助け舟を出す。
「まあ茶の一杯くらい良かろう。ジゼル、用意をしておくれ」
「は、はいっ」
その言葉にジゼルは喜びを、ベアータは不快感を示した。
一仕事を終えたジゼルがうきうきとした笑顔で退室するのを見送ってから、ベアータは苦言を口にする。
「なぜあのような者を雇い続けているのですか、経費の無駄ではありませんか?」
「そう言ってくれるな、あれはあれなりに尽くそうとしてくれている」
「確か、孤児だったのを猊下が拾って育ててやったとか?」
「ほんの気まぐれだ」
そう言う老人の顔は、どこか照れくさそうだった。
「集められた孤児たちの中であれの泣き声が一番やかましかったのでな。慈善家としてアピールできるかと思うて引きとってやった。
なぜか分からんが、引き取ったその時からすぐ子犬のようにじゃれてきおったわ」
「もう十分すぎるほど施してやったのでは?」
暗に「邪魔だからクビにしろ」と言うベアータに対して、デル・ピエーロ卿はすねた子供みたいな顔をした。
まるで捨てられた子犬をペットとして飼いたい、とわがままを言う少年のような。
「……雑種の犬でも、十年飼えば多少の情がわくものだろう。さあ下らん話はやめだ、今はそれどころではない」
ベアータはつまらなそうに鼻を鳴らした。





