闇の円卓会議
「つまり、ジェルマーニアの皇女は解放すべきなのです!」
円卓の次席でユーリが強く提言する。
人質として拘束しているジェルマーニア帝国の皇女、マリアテレーズともう一人を解放するべきだ。
聖都と帝国の両方を敵にまわすのは危険すぎる。
そもそも教皇の暗殺だって思いもよらなかった事態なのだ。
いまの我々は準備がととのっていない。
これ以上、不確定要素を増やすべきではないのだ。
汗を飛ばしながら熱弁をつづける。
今日この場で問題に決着をつける気満々だった。
ユーリの隣、主席には兄のエンリーケが退屈そうに座っている。
他の席には通信用の水晶玉が置かれていた。
水晶玉のむこうにはそれぞれの組織で代表をつとめる老人たちが座っているはずだ。
世界各地で暗躍する《呪われし異端者たち》の主要人物たちである。
どの者も表社会にべつの身分をもって活動しているため、なかなかこの大森林まで来ることはできない。
だから水晶玉による通信で会議をおこなうのが通例であった。
「いかがですか。反対意見がなければ今すぐにでも……」
結論をいそぐユーリの言葉を、だれかがさえぎった。
『ジェルマーニアに住む身としては、皇女殿下の存在は面白くない』
「えっ」
『皇女殿下の聖都びいきは帝都ヴィエンナでも有名な話だ。
彼女が帰国すれば二国の関係が強化されるのは確実。
今のうちにご退場ねがうのも一つの策だ』
「そ、そんな! 待ってください!」
あわてるユーリをよそに、他の者も発言する。
『しかし我が愛しのリグーリアに駐屯している連中は、はなはだ迷惑ですよ?
今後の計画を考えれば、さっさと退散していただきたいのですが?』
「そ、そうです! リグーリアの秘密に気づかれる前に帰らせるべきなんです!」
賛成意見がでたと思えば、今度はまったく違うことを言う人間も出てくる。
『そもそも教皇を殺されて、聖都はどう動いておる。
それを知らずにどうのこうの言ってもはじまるまい』
この質問には若い男の声が答えた。
『なんか生き残った連中で教皇選挙をするってさ。
長官クラスの枢機卿が何人も死んじまったんで、ノーチャンスだった無能たちが大喜びしてるぜ。
口には出さねーが『ついに我が世の春がきた!』って顔してるやつらがワンサカ居らあ』
この発言に老人たちは笑うもの、怒るもの、ため息をつくものなど、様々な反応があった。
『つくづく奴らは腐っておるな。
で、何とかという女狐はどうした、ともに死んだか?』
『しぶとく生きてるよ。
ま、だいぶひでえケガしたらしいし、次の選挙しだいではめでたく引退するかもしんねーな』
水晶のむこうからウームとかフームといったうなり声が聞こえてくる。
剣も握ったことがないくせに悪知恵をはたらかせて実権を握り、壊れかけていた聖騎士団を再建した女狐ことヴァレリア・ベルモンド。
教皇の次に死んでほしかった人物だが、彼らにとっては不幸なことに生きのびていた。
『聖都はすぐにでも報復戦争をはじめるつもりかね?』
『いいや? 教皇が不在の上に軍務省長官が病欠したままじゃ何にもできねえわ。
残念だけど天国に行くのはもうちょっと待っててね?』
ふざけたジョークに老人たちは苦笑する。
『ならば決断をいそぐ必要もあるまい。
解放するにしてももっと値段をつり上げて最高値で売ればよい』
「し、しかし……」
『もしやユーリ殿は何か特別な感情でもお持ちなのかな?』
「い、いえ別にそういうわけでは」
『ならこの議題はここまででよかろう』
「…………」
ユーリは無言で天をあおいだ。
マリアテレーズとミーシャを解放したいという願いはかなわなかった……。
「無駄な努力をご苦労だったな」
会議の結果ユーリにあたえられたものは、エンリーケからの嫌味だけだった。
「素直にオレの命令にしたがっていればいいものを。
好き勝手に動きまわった結果がこのざまか」
「クッ……」
「もうひとつ知っているぞ、お前は森を抜け出してあのユウキとかいう魔女の顔を見に行っただろう」
まさかばれているとは思わなかったユーリは、サッと顔色が青ざめた。
誰が情報をこの兄にもらした。
グレーゲル? いや違うだろう。
きっとさっきも発言していたリグーリアのあの人物だ。
「次はいつ会うんだ?」
「……いえ、もう会うつもりは」
会うとすればせいぜいマリアテレーズたちを引き渡す時くらいだ。
ユーリは心の中でそう思った。
「いや、もう一度会ってこい、命令だ」
「えっ!?」
「魔女に会え。そして親しくなれ。
相手を油断させて……そして殺せ」
完全に予想外のことを言われ、ユーリは頭の中が真っ白になった。





