月光の天使
「あなたに一度会ってみたかったんです」
ユリアナと名乗った少女はそう言って勇輝の顔を見つめる。
「そっか、でも実物はたいしたことないだろ」
「いいえ凄かった、さっきも」
ユリアナは手を星空にむかってかざす。
勇輝がさっき指輪からクリムゾンセラフを召喚した時のポーズだ。
「このイスもね」
二人が座っているベンチも、ついさっき自分が使うために作ったものだ。
「ああ、うん」
勇輝はユリアナの容姿をじっと見つめる。
「なに?」
「えっ」
「あなたはどうして、そんな風に私を見るの」
そんな風にとは、どんな風にだろう。
どう答えたらよいか分からず、勇輝はちょっと困ってしまう。
「いや、えっと、君を見てたら昔を思いだして」
「昔って、いやだ、あなた年下でしょう?
どんな過去があるっていうの?」
勇輝は15歳。
ユリアナは16か17といったところ。
「うん……、俺が生まれた国は、君みたいな髪の人間がほとんどだったんだよ。
だからなんだか懐かしいにおいがした」
ウフッ、とユリアナは笑った。
「なんだか男の口説き文句みたい」
「な、なにを」
ユリアナのほほえみを見ていると妙にドキドキしてしまう。
こんなふうに笑ってくれる女なんて、昔はいなかったから。
彼女はなおも勇輝を見つめてほほえんでいたが、ふと視線を別にうつして立ち上がった。
「もう行くわ。付き人が怒っているの」
「付き人?」
彼女の視線の先をたどれば、同じような黒髪の男が不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
「あ、あの! また会えるかな!」
去ろうとするユリアナの背中に声をかける。
なぜだか妙に必死の声が出てしまった。
「どうかな、多分もう会わないはずだけど」
ユリアナはちょっと離れた場所でクルリと振りむいて、そんな意地悪を言う。
「でもまた出会えたとしたら、それはきっと運命だよ」
意味深なセリフを残して、彼女は不機嫌そうな付き人と一緒に行ってしまった。
「ユリアナ……」
ユリアナは、いやユーリは、変装したグレーゲルにクドクドと説教されてしまった。
「あまり無茶をなさいますな」
「すまない、でも危険はなかったよ」
「ご覧になったでしょう、あの魔女は肌身はなさず守護機兵を持ち歩いています」
「道具はしょせん道具だろう。持ち主に使う意思がなければ大丈夫さ」
「御子様!」
パーティ会場を去りながら、そんな会話がつづけられる。
「また会いたいと言われてしまったよ」
ユーリはまんざらでもなさそうな横顔を見せた。
「どんな顔をして会いに行けばいいのかな」
「ご自重なさいませ、御身には世界を統べるという役割がございます」
「世界か……」
二人は誰もいない海岸にたどりついた。
さらに岩場の影まで行くと、すっかり誰からも見えなくなる。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
突如、目の前の海に渦巻きが発生した。
渦の中心から純白の守護機兵が姿をあらわす。
純白の熾天使型。
これがユーリの愛機だった。
「グレーゲル、お前の思い描く世界にあの子の姿はないのだろう?
それはどうなんだろうな」
ユーリは愛機に乗り込み、そして月下に飛翔する。
月の光を浴びて純白の機体はいよいよ輝きを増した。
「私も兄上も、ずいぶんと知らないことが多いようだ。
知らないということを知った。
それが今宵の収穫だな」
「……はっ」
戯れるようにクルクルと回りながら、純白の天使は森へと帰っていく。
その様子はどこか陽気に浮かれているようであった。





