パスタがむすぶ縁
短い黒髪・黒い瞳の女。
勇輝はなつかしさをおぼえた。
日本にいたときの頃を思い出す。
学校のなかを歩けば、こんな感じの生徒たちがたくさんいたものだ。
それらはもはや思い出の中にしかいない。
「ユウキ?」
「ん、いやいや何でもない」
ランベルトに呼ばれて、勇輝は彼のもとへ戻った。
ハッキリいって社交界のマナーなんて知らん。
兄貴からはなれること=ピンチ到来を意味した。
そしてそれはベラン先輩にとっても同じだったようで、ランベルトのすぐ後ろに二人の女はくっついて離れない。
もはやシューティングゲームのオプション機のように。
「……なあ君たち、そろそろ身分にふさわしい社交スキルを身につけないとマズいと思うのだが?」
「ナハハハハ……」
「ま、まあそのうちぃ?」
笑ってごまかそうとする女二人の態度に、ランベルトはため息をつくしかなかった。
彼とてヴァレリアに引き取られるまでは貧しい孤児院にいたのだ。
なんにも知らないところからスタートしたのは同じなのである。
必要なのは才能ではない。努力だ。やる気だ。
ヘラヘラ笑っているこの女二人には、そのやる気が存在しなかった。
歓迎パーティとはいうが、じつは遊んでいるヒマなどほとんど無い。
次から次へとリグーリアの重要人物たちがあいさつにやって来る。
そのたびに笑顔をうかべ、気のきいた会話をしなくてはいけない。
顔と名前をすべて覚えられたら理想的だが、それは勇輝がもっとも苦手とすることなのでしなくてもいいことになった。
そのかわり愛想笑いはトコトン要求された。
勇輝は聖女だ。
すでに歴史に名を残すことが確定している存在で、聖都での影響力ははかり知れない。
そういう大人物とつながりを持ちたいと考えるのは立場ある人間として当たり前のことで、あいさつしたい人は列を作ってならぶ有り様。
とにかく相手のホメ言葉に笑顔をうかべ、会話もできるだけ楽しく失礼のないよう心がけ、希望されたのでいつもの指輪からクリムゾンセラフを召喚して見せたりもした。
(か、帰りてえええ~!!)
笑顔の作りすぎで顔面が筋肉痛になりそうだ。
もはや拷問であった。
その拷問が終わったのはもはや夜もふけ、パーティも終わりの時が近づいてきた頃である。
「はふ~」
勇輝は中庭にベンチを作って、だらしなく腰かけていた。
ランベルトやベラン先輩はどこかへ行ってしまって分からない。
最初のころは完全に三人一緒になって行動していたが、なれてくるにつれて離れてしまった。
「けっきょく全然メシ食ってねえし……」
かなり色々とごちそうが用意されていたようだが、人に笑顔つくるのがいそがしくてほとんど何も口にしていない。
どうにかカクテルグラスにはいった前菜みたいなものを確保して、今ようやくこうして食べられるようになった。
グラスの中には色とりどりのクリーム状のものが、段々に積み重なっている。
上から緑、黄、赤のクリームが重ねてある。横から見るととてもキレイだ。
だが、たったのスプーン三回でカラになった。
「た、たりねえ~!」
なんか野菜をクリーム状にしたというか、クリーム状のなにかの中に野菜を混ぜたというか。そんな感じ。
すばらしく軽い食感のおかげで、まるで満たされなかった。
「はあ……」
また人混みの中に入っていく気にもなれず、勇輝は座ったまま星空を見上げた。
「お疲れですか」
邪魔にならないようなほど良い大きさの声で、女性が話しかけてきた。
視線を星空から地上におろしてみれば、先ほど目があった黒髪黒目の女の子。
「あっ、君か」
彼女は手に料理の皿を持っていた。
「良かったらこちらどうぞ」
「えっいいの?」
勇輝は遠慮なくその皿をうけとった。
シーフードパスタがのっている。
「このリグーリアは、海と山の両方にめぐまれているの」
「へえー。あっ座って座って!」
立ったままの彼女に席をすすめ、パスタをいただいた。
「ウン!」
口いっぱいに頬張りながら、目を輝かせる勇輝。
鮮やかな風味が口の中にひろがる。
地球にあったものと似ているが、どれも少しずつちがう。
オリーブオイルのような油。
バジルのようなハーブ。
レモンのような柑橘類。
三味一体となったソースがシーフードの臭みを完全に消し、たまらない美味さだ。
「気に入ってくれました?」
食べながらウンウンとうなずく。
空腹時に美食。
天国の組み合わせである。
「ありがとう!
俺、相沢勇輝。
君は?」
「ユリアナっていいます」
こうして勇輝とユーリは出会った。





