夜会での出会い
パーティ当日。
しかし勇輝は出撃して大森林の上空をクリムゾンセラフで飛行していた。
行かないわけではない、優先順序がちがうだけだ。夜までまだ時間がある。
知らない人間だらけのパーティにワクワクしていられるほど、今の勇輝には余裕がなかった。
マリアテレーズ皇女とミーシャがさらわれてからすでに数日がすぎている。
水の一滴もあたえられていなかったらそろそろ死んでしまう時間だ。
人間は水を飲まなければ数日で干からびて死ぬ。
食事をしなければ二週間ていどで飢えて死ぬ。
塩水があれば一ヵ月ていどは生きるらしい。
地球にいたころマンガで仕入れたにわか知識だが、本質的には正しいはずだ。
つまり『必要なものを必要なだけあたえなければ、人間はけっこう簡単に死ぬ』のである。
ランベルトもベランジェールも口をそろえて「まだ大丈夫だ、死なせたら人質にならない」と言う。
たしかに理屈の上ではそうだが、《呪われし異端者たち》の連中に常識が通じないのはすでにくり返し体験ずみである。
人質が暴れてうっかり殺してしまうとか。
組織の偉い人に殺せと言われるとか。
面倒くさくなって放置するとか。
冗談ぬきであり得るから怖いのだ。
「っつっても何も反応がねえな……」
この森にはかなり多数の悪魔がひそんでいるのだが、こうしてあからさまに空を飛んでいても攻撃してこない。
やはり何者かによって統率されているのだろう。
「悪魔をコントロールする技術か……。
世界の王とか言ってやがったが、そういう能力なのか……?」
勇輝は初日に出会った黒い熾天使型の男を思い出す。
「セラ、あの黒い天使のことどう思う?」
『はい、不明です。少なくともエウフェーミア様とは別の系列かと』
「そうだねえ」
いったい何者なのやら。
ただのバカだと断言するのはちょっと早い気がした。
『ユウキ様、そろそろ戻ったほうがよろしいかと。
パーティに遅れます』
「俺にとっちゃそっちの方がどうでもいいんだけどな」
勇輝は野営地の方角へ向きをかえる。
だが、ふと下らないことを思いついてまた振りむいた。
「すう~」
背をそらせながら大きく息を吸う。
そして叫んだ。
『ヘイヘイヘイ!
ビビってんじゃねえぞ悪魔ども!
引きこもりのくせに世界の王とは笑わせるぜっ、ヒーハー!』
かなりの大音声が大森林の上空にこだまする。
だが敵の反応はなかった。
――ギャーッギャーッギャーッ!
得体のしれない鳥の群れが森の中から飛び出して逃げていく。
野生動物に嫌がらせをしただけだったようだ。
「……こんな手には引っかからねえか」
今度こそ本当にクリムゾンセラフは野営地へ帰還した。
勇輝の魔法でランベルトにはタキシード。勇輝とベランジェールにはドレスを創り出して三人はパーティにむかう。
てっきり軍服姿で来るものと思いこんでいたリグーリアの要人たちは、美しく着飾った三人の姿に心をうばわれた。
「いや~ユウキ様の魔法ってホントに便利ですねぇ」
「便利さに限ればぶっちぎりの世界一だと思ってるよ」
「ホントそうですねぇ」
人々の視線が自分たちに集まる中、勇輝のほうも人々の顔を見る。
(ん……?)
遠く離れた壁ぎわに、不思議と印象的な男女の姿があった。
二人とも黒髪。黒い瞳。
女はショートヘアーで、落ち着いたデザインのフォーマルドレスを着ている。
この二人だけ、勇輝を見つめる表情が違っていた。
よく分からないが、何かが、違っていた。





