理不尽な順序
「兄上、あの二人ははやく解放するべきです。
あきらかに不利益のほうが多いではありませんか」
髪の短い中性的な格好をした女性が、ひときわ豪勢な椅子に座る男に真剣な提案をする。
兄とよばれた男は、わざと聞こえないふりをして酒のはいったグラスを弄んでいた。
「兄上!」
女性は再度声をかける。
無視という不誠実な態度に苛立ちをおぼえていた。
「お前はオレのいう通りに動いていればそれでいいのだ」
目もあわそうとせず、男はグラスに入った酒をグルグル回しつづける。
「アレは信徒どもが連れてきた戦利品だ。
ただ返したのでは彼らの忠誠心をムダにすることになるではないか」
「そんなことはささいな問題です!
もっと大きな目標を達成しようという時に、敵を増やすべきではありません!」
「うるさい奴だ、酒がまずくなる」
男はグラスを置いて立ちあがった。
部屋を出ようとするが、うるさい妹が立ちふさがる。
「兄上、話を聞いてください!」
「くどい!」
男は妹のアゴを乱暴につかみ、うるさい口を封じる。
「うぐっ!」
「勘違いをするなよユーリ、貴様はしょせんオレの添え物にすぎんのだ!
オレの指図にしたがえ! 口ごたえをするな!」
一方的に言いたい放題言うと、突き飛ばすように手をはなした。
ユーリとよばれた女は数歩うしろによろめき、痛そうにあごをさする。
「フン! 添え物の分際で!」
「兄上! エンリーケ兄上!」
エンリーケという男は、食い下がろうとする妹の声を無視し、傲然と去っていった。
「くっ……」
ユーリは拳を固く握りしめて悔しがった。
二人は双子の兄妹である。
ほんのわずかな時間だけエンリーケが先にうまれた。
それだけの理由でなぜこんな理不尽な目にあわねばならぬのか。
母の胎内ではまったく同じように育っていたというのに、外の世界に出たのが先か後かというだけの理由で。
「お労しや、御子様」
ハッとおどろき、ユーリはふり返る。
いつの間にそこにいたのか、彼女のうしろに白髪金眼の魔人が立っていた。
「グレーゲル、いつからそこに」
魔人は跪き胸に手をあて、神妙な顔で目をふせた。
聖都にいる者たちが見たら別人かと驚くような態度だった。
「申しわけございません、おおむね最初から聞いておりました」
ユーリは苦い表情でそうか、とだけこたえた。
「僭越ながら、兄上様は世界の王にふさわしき御方とは思えません。
真にふさわしきは同じ日、同じ場所にお生まれになった貴方様のほうだと」
「……言うな、グレーゲル」
ユーリの表情は苦渋に満ちていた。
「世界を清めるためには兄上の力が必要だ。
私の力は戦いにむいていない」
むなしい心の内から逃げるように彼女は歩きだした。
グレーゲルもあとに続く。
「どちらへ?」
「人質に会いに行く。万が一があっては本当に取り返しがつかなくなる」
ユーリが扉をノックする。
しばらくして、中から返事がきた。
「……どなた?」
「先ほどの者の身内だ、すこし話がしたいのだが、入室を許可していただきたい」
部屋の中からフフッという小さな笑い声が聞こえてきた。
「人質の身で否やはございませんわ。どうぞ」
思ったよりも余裕があるのか、それとも強がっているのか。
まともな返答をする。
ユーリは扉を開こうとした。だが、そこでグレーゲルが割り込む。
「念のためです」
あけた瞬間に襲いかかってくるかもしれない。
グレーゲルはユーリを遠ざけ、自身は扉の影にかくれる位置からあけた。
ガチャ。
……なにごとも無かった。不意打ちをしかけてくるような人物ではなかったようだ。
あらためてユーリは相手に姿をさらす。
マリアテレーズ・フォン・ニュスライン=フォルハルト皇女は、粗末な部屋の中央で凛然と立っていた。
「あ……」
思わず一瞬見とれてしまう。
華はどこに飾っても華だった。
誘拐され監禁されても誇りを失わず、堂々と向き合う姿をユーリは美しいと感じた。
「ユーリと申します」
「マリアテレーズと申しますわ」
ユーリがファーストネームしか言わないから自分もファーストネームで。
奇妙に親しげな関係ができあがってしまった。
「貴女は話が通じそうですわね」
兄が乱暴をはたらいたせいで、こんな皮肉を言われてしまう。
「おのれ無礼な!」
「よせ!」
グレーゲルが後ろから責めるのをユーリは止めた。
グレーゲルの不気味な外見を見て、マリアテレーズはビクッ、と一瞬恐怖の表情を見せる。
白い髪はともかく、黒い眼球、金色の瞳である。
女性を怖がらせるには十分だ。
しかし。
「もしかして貴方……グレーテル?」
「は?」
グレーゲルはつい間抜けな声を出した。
微妙に間違ってはいたが、なぜ自分の名を知っているのか。
「わたくしの知人が言っていましたのよ。
黒い眼に金色の瞳をした人物と戦ったことがある、と」
その言葉で誰が相手なのか特定できた。
(グレーゲルだ、あのバカ魔女め!)
やはりあいつは殺すべきだと、再認識する『グレーゲル』であった。





