傲慢な黒天使
考えられない相手だった。
黒い天使。
エウフェーミアの十二天使にも黒騎士マルツォがいるが、それとはデザインがちがう。
完全に別個体だ。
「何者だお前!」
厳しい声で問いかけるが、返答はない。
そのかわり、相手は剣の切っ先をクリムゾンセラフにむけた。
勝負しろと言いたいらしい。
「時間がないんだ、急がせてもらうぜ」
勇輝はいったん地面に降りると、大地に魔力をおくって日本刀を二本作り出した。
二刀流の構えで空中に戻る。
「……」
『……』
おたがい無言のまま数秒にらみあい、そして戦いがはじまった。
ガキィッ!!
空中でたがいの剣がぶつかり合い火花がちる。
勇輝は武器を修理しながらぶつけ合って、相手の武器だけを破壊しようといういつもの戦法。
相手はやや短めの直剣と小楯をつかったオーソドックスな戦いかたのようだ。
「オラアッ!」
ガンッ!
勇輝の二撃目は小楯で防がれた。
小さいがなかなか良い盾らしい。ちょっと斬れそうにない手ごたえだ。
「だが手首のほうはどうかな!
連続サザビー斬りーッ!」
ガキッ! ゴキン! ガンッ! ガガガッ!
露骨に盾をねらってメチャクチャにたたきまくった。
たたくたびに左右の刀が刃こぼれする。
だがそんなものは勇輝の魔法ですぐに直ってしまう。
無茶な使いかたなのでクリムゾンセラフの手首から肩に負担がかかり、腱鞘炎のような痛みがはしる。
しかしそれだってすぐ直せる。
非常に地味だが、数々の相手を苦しめてきた強い戦法であった。
勇輝のクリムゾンセラフはちょっと壊れてもバンバン元に戻っていく。
いっぽう相手はすこしずつダメージが蓄積されていく。
今回の敵も、勇輝の厄介きわまる能力の前に苛立ちはじめた。
『チイッ!』
男の声で舌打ちが聞こえた。
左手の盾をなぐられすぎて、盾よりも手首に限界がきたらしい。
構えを右半身に変え、剣ではげしく突いてくる。
だがそれも甘い。
勇輝の嫌らしい戦いかたに対して、相手の技はまともすぎた。
「だったらこっちもコレだ!」
勇輝は左手の刀を金属の小楯に作り変えた。
相手の突きに対してカウンター気味に盾をぶつける。
ベキィッ!!
まともに激突した相手の剣は切っ先が折れてしまった。
先にさんざんたたき合いをしたせいで、少々傷んでいたのである。
『うぐっ!』
また男の声で、こんどは苦々しいうめき声がした。
どうやらこの男、鍛えてはいるようだが実戦経験がたりない。
戦いかたがお上品すぎた。
「もう終わりかあ? 武器の予備も用意してねえみたいだし?」
『調子に乗るなよ魔女が!』
勇輝のことを魔女と呼ぶのは、ごく限られた人種のみである。
「やっぱり《呪われし異端者たち》か、お前」
『フン!』
黒い天使は翼を大きく羽ばたかせ距離をとった。
なにか大技をしかけてくる気配に紅い天使は防御姿勢をとった。
『小娘、貴様にとってもっとも賢明な選択肢がなんであるか、知っているか!』
「知るかよそんなの」
『このオレの女となって生涯奉仕しつづけることだ!』
「……」
戦闘中だったが、あまりの発言に勇輝は思わず顔をおおってしまった。
「なんで俺に言い寄ってくる男は頭おかしいやつばっかなんだ……」
『無礼者、なんだその言い草は!』
「それは勝っているやつのいうセリフだ大バカ野郎!」
こんな状況で威張ってんじゃねえよ!」
正論は人を傷つける。
男は激怒した。
『おのれ天の御子であるオレを侮辱するとは!
後悔することになるぞ!』
傲慢すぎて滑稽な黒い天使が、怒りにまかせて奥の手を使いだした。
奇妙な風、としか言いようのない何かが黒い天使から飛んでくる。
吹いてきては、戻っていく。また吹いてきては、戻っていく。
まるで押してはひく海岸のさざ波だ。
「なんだこ……」
こりゃ、と言おうとした瞬間。
勇輝は全身が急に脱力して、あやうく墜落しかけた。
『ユウキ様!』
「だ、大丈夫だ、ちょっと油断した!」
風が吹き抜けるたびに力がジワジワと奪われていく。これがやつの切り札か。





