魔狼の群れ
『夜分遅くに失礼するぜっ!』
勇輝のクリムゾンセラフは、闇夜をコソコソと急ぐ馬車の進行方向に急降下した。
ドオォンン!
威嚇の意味をこめて乱暴に着地する。
ヒヒイィン!
目の前に巨大な影が現れたので馬車馬が驚愕しパニックをおこした。
『俺は相沢勇輝だ。紅瞳の聖女と名乗ったほうがわかりやすいか?
すまねえが馬車の中をチェックさせてもらいたい!』
馬車をあやつっていた御者は返事をしなかった。
ド派手な登場をかましてから大声で呼びかけたのだ、聞こえていないわけはない。
また言葉が通じなかったわけもない。勇輝の言葉が通じなかった人間はいまだこの世界に一人もいないのだから。
だがそれでも御者はなにも答えない。
これは当たりだなと、勇輝は直感した。
御者の風体は茶色い帽子に茶色いコート、顔にはマフラーをつけていて顔も姿もまったくわからない。
わざとなにも特徴がない服装を選んでいるように思えた。
『なにも言ってくれねえのか、だったら乱暴な手段を使わせてもらうぞ』
勇輝はクリムゾンセラフをしゃがませて、車体に大きな手をのばした。
馬車というものは自動車とちがってバックができない。馬がケツで車体を押すわけにもいかないからだ。
逃げられないと分かっているので勇輝の動きには余裕があった。
「チッ!」
御者が舌打ちしながらふところに手をいれた。
しかしどんな武器を使っても人間の身体で守護機兵に対抗できるはずがない。
勇輝はかまわず馬車の天井を機兵の手でつかんだ。
天井を魔力で解放させよう――そう考えた時だった。
ピイーッ!! ピイーッ!!
機兵の真下でうるさい高音が鳴りひびいた。
見れば男が笛を力いっぱい吹き鳴らしている。
『……何してんだ』
耳障りだが、でもそれだけのことだ。ダメージもなにもない。
だがその音に反応して接近してくる巨大な影があった!
『右! 危険ですユウキ様!』
セラの警告を聞いてとっさに反応した。
頭部を右のひじでガードする。
それとほぼ同時だった。
右側の森林から巨大な影が飛び出してきてクリムゾンセラフの右ひじに噛みついた!
『うああっ!?』
巨大な影は突進してきた勢いのままクリムゾンセラフを押し倒し、反対側の森林にもろとも突っ込んでいく。
『なんだコイツ! ぐああっ!』
――ガウウウ……! ガアアアアッ!!
突然襲いかかってきたのは巨大な狼型の悪魔だった。
この世界にやってきてはじめて出会った悪魔がこいつと同じ種類。
あるいみ懐かしい相手だ。
『いまさら、テメエなんぞにっ、うおおおおおお!』
右腕の激痛にたえながら、左手でオオカミの顔面をつかむ。
『消えろ犬っコロがぁ!』
天使の左手が強烈な光をはなつ。
――ギャウウゥンン……!
魔狼はその一発であっけなく消滅した。
『痛ってえぇ……!』
噛まれた右ひじのダメージは思ったよりひどかった。
魔力を流してすぐに修復をはじめる。
『なんだ今のは!
テメエいったいなにしやがった!』
逃げる馬車にむかって勇輝は怒鳴る。
当然返事はない。
たったいま御者の男は悪魔を呼びよせ、けしかけたように思えた。
だがそんなことできるはずがないのだ。
悪魔は敵をえらばない。
あんな近くにいたならもっと早い段階で馬車のほうが襲われていなければ不自然だ。
それが悪魔という存在なのだ。
しかしあの馬車に乗っている御者はあやつれないはずの悪魔をあやつったように思えた。
いったいどういうことだ。どういう技術なんだ。
『待ちやがれ、絶対に逃がさねえ!』
勇輝の怒声にたいする返事は、またしても笛の音だった。
ピイーッ!! ピイーッ!!
笛の音に反応して、左右の森林がさわがしくなる。
――ザワザワザワザワ……!
――ウウウウ……! グルルルル……!
『……マジかよ』
新しい装備である暗視装置の視界に、無数の光る眼が見えた。
そうやらここは悪魔の巣窟だったらしい。





