闇夜にまぎれて
マリアテレーズ皇女とミーシャをさらった警官たちを追って北へ向かうか?
教皇を殺しヴァレリアに重傷を負わせた集団を追って南へ向かうか?
一瞬考えたが、勇輝は北へ向かう選択をした。
二人はまだ無事だ、今ならまにあう。
「おいぺネム、二人がどこにいるか分からないか!?」
『わかんねーよ! 人が密集しすぎなんだよ!』
不良天使の声はすれども姿は見えず。
さすがにどこかで仕事をしているらしい。
『ああっ! これだから《呪われし異端者たち》はキライなんだ!
ぜんぜん分からねー!!』
彼ら天使は人間の心をあるていど読むことができる。
だがそれは神の教えに忠実なものに限られた。
《呪われし異端者たち》は神の教えを独自解釈して異常行動をくりかえす邪教徒集団なので思考ノイズがひどく、心を読むことができない。
「だったらどうすりゃいいんだ、こんなの目視で探すなんて不可能だぜ……」
勇輝は眼下にひろがる聖都北部の夜景を見て絶望した。
大通りは騎士団パレードを見にきた人々であふれかえっている。
すでにパレードそのものは終了したもののまだ人々は多く残っており、それぞれ食事や買い物を楽しんでいた。
いっぽう大通りからはずれると人通りはめっきり減るが、こちらは明かりもなにもない真っ暗闇だ。
どちらにまぎれているにせよ、見つけるのは困難きわまりない。
「ど、どうすれば……」
あてもなく上空をさまよう勇輝。
こんなやり方で見つかるとは思えないが、これ以上どうしろというのか。
泣きたくなるような気分で探しまわっていると、意外な人物から通信がきた。
『おいユウキ! 応答しろ! おい!』
ジェルマーニアから来ていた傭兵少年ラースだった。
彼は明日この聖都を発ってまた別の国へゆく予定だ。
「ラース! わるいけど今は大変なんだ、話はまたあとで……」
別れのあいさつでもする気かと思ったが、そうではなかった。
『いいから聞け! 大まかな話はこっちも知ってる!
ついさっきうちの商隊から馬車がひとつ盗まれたんだ!』
「馬車?」
『そうだ! その馬車は北門の警備を無理やり突破して外へ逃げていったらしい!』
「なんだって」
マリアテレーズたちをさらった男たちは大広場から北へ逃げた。
そして北部に滞在していた武装商隊から馬車を盗んで、城門破りをした犯罪者があらわれたという。
この一致、偶然と決めつけるわけにはいかない。
もし無関係だったとしてもそれはそれで良い。犯人と人質はまだ聖都の中にいることになるからだ。
逆にその馬車に犯人と人質が乗っていた場合、逃したら完全に手遅れになってしまう。
『俺もこれから馬車を追う!
けどお前のほうが速いだろ!』
「オッケーまかせろ、サンキューな!」
勇輝はクリムゾンセラフを北へ飛ばせた。
あっというまに城壁を飛び越え、はじめてのエリアに来る。
これまで聖都の北部には縁がなかったのだ。
どんな地形なのかまったく知らない場所。しかも日没後の暗闇。
だが怖いなんて言ってられる状況ではなかった。
一方、こちらは南に逃げた《呪われし異端者たち》たちである。
彼らは宿敵をその手で始末した喜びに小躍りしたい気分だった。
「やったな……!」
「ああ!」
彼らは何年も聖都の地下下水道に潜伏し、さまざまな悪事を働いていきた。
魔王戦役が失敗しても(あくまで彼らにとっての失敗だ)、あえて忍耐の日々をつづけて。
そんな彼らの努力がついに実ったのである。
「見ているかベアータ、見ているか同士たちよ。
我らはついにやったのだ!」
夜空の星を見上げる彼らの表情は恍惚としている。
瞳に涙をうかべている者もいた。
異常者集団とはいえ彼らも人であり、苦しみの感情も喜びの感情もおなじく持ちあわせていた。
「ハア、ハア……!」
彼らは聖都中央からすでに南部へ入っている。
走り続けて息がそろそろ限界だ。
しかし目的の家はもうすぐそこである。
もうすぐ南部を守護する第四騎士団長フォルトゥナート・アレッシィの屋敷につく。
彼ならきっと自分たちをかくまってくれる。
大功をたてた同士をよもや冷たくあつかったりはしないだろう。きっとなんとかしてくれるはずだ。
そう思い一心不乱にここまで駆けてきたのだった。
「あれだ!」
フォルトゥナートの屋敷が見えた。
これで助かる。
そう思って走る速度をおとした。
もう息が限界だ。歩いて屋敷の正面にむかう。
「……おい、誰か出てきたぞ?」
《呪われし異端者たち》たちは目をこらして闇夜の奥を見つめた。
正門から誰かがでてきて、こちらを見ているようだ。
大きな人影。おそらく男だ。
男の影がこちらに走ってくる。
腰の剣を抜き、そして上段にかまえた。
「お、おい待て、我々は、我々は」
我々は味方だ。
そう言い終えるまでの時間もあたえられず、一人目が斬り捨てられた。
「ウ、ウワアアア!」
夢や希望が絶望に変わったと知り、男たちは悲鳴をあげた。
「バカだねえ、本当にお前たちはバカだよ。救いようがねえ」
フォルトゥナートは無慈悲な目つきで男たちを睨んだ。
「こんなド派手なことをしてから近づいてくんなよ。
オレの迷惑もちょっとは考えろよな」
「わ、我々は同士ではなかったのか!
裏切るのか貴様!」
さけんだ男が二人目の犠牲者となった。
「でけえ声だしてんじゃねえよ。
迷惑考えろって言ったろ」
フォルトゥナートにとってこの男たちが近づいてきたのは迷惑以外のなにものでもなかった。
彼らが教皇を殺したまではいい。だが急に自分を頼られてもこまる。
あんなに堂々と殺害したのだ、おそらくここにたどり着くまでの目撃情報は山のようにあるだろう。
家にかくまったりしたらあっという間に警官隊が踏み込んでくるに決まっている。
そう考えると殺してしまうのが一番だった。





