教皇暗殺
パレードの締めくくりとして最後は教皇による祝辞、つまりお祝いの言葉が伝えられる予定となっていた。
最前列に長官ヴァレリア、次に五大騎士団長と遊撃隊長が横一列に並んで跪き、神の代行者たる教皇から祝福される。
これは人として最大の名誉であり歴史的瞬間だった。
パレードの最後尾である遊撃隊が戻ってくるまでに準備をととのえなくてはならない。
教皇と枢機卿たちは一時退席するために立ち上がり、移動をはじめる。
現場ではたらく中位・下位の聖職者たちと民間の業者は大いそぎで設営をはじめる。
もう日が暮れようとしていた、かがり火を燃やしての舞台となるだろう。
しかしそれは予定のとおりだ。
材料はちゃんとある、問題はセッティングだけ。
広い舞台を完璧にライトアップしなくてはならない。
歴史的瞬間だ、ミスは絶対にゆるされない。
ああいそがしい、いそがしい。
誰もがあわただしく動くことを要求されていた。
だから普段なら絶対考えられないことに、教皇や枢機卿の周囲を作業服姿の平民たちが走って行ったり来たりしている。
こまかい礼儀にこだわっていられない。偉い人たちもあえて怒ったりはしなかった。
無礼だが善意ある人々が熱心に労働している。
その善意ある群れの中から、悪意ある刺客たちが飛び出してきた。
あっ、と誰かがつぶやいた。
教皇はおどろき、のけぞるだけで防御的なことを何もできなかった。
反射的に2、3人の枢機卿が教皇の壁となり立ちはだかる。
これらの人々にとって最大の不幸は、至近距離に護衛をつとめる者がいなかったことであった。
護衛をつとめるべき警察官たちはいた。
しかしその男たちこそが《呪われし異端者たち》の一員だったのである。
男たちは守るどころか敵となった。
「死ね、邪悪の化身め!」
むらがる邪教徒の錐刀が立ちはだかる壁たちを傷つけ、力まかせに突き飛ばしていく。
守る者がいなくなった教皇はあわれ邪教徒たちの凶刃につらぬかれた。
世界でたった一人、教皇のみに許された純白の僧服が紅に染まる。
何かを言おうと口をひらくが言葉にならない。
強い無念の表情を残したまま、彼は天に召された。
教皇イナケンティス三世。享年68歳。
周囲から多くの反発をうけながらも数々の改革を断行し、それらの改革がようやく実を結ぼうかという時の悲劇であった。
「聖下……、せい、か……」
ヴァレリア・ベルモンドは石畳のうえに倒れたまま教皇の亡骸に近づこうともがく。
しかし身体がいうことを聞かなかった。
教皇の盾となって守ろうとした一団のなかに彼女もいたのだ。
ヴァレリアはその身を盾にして一撃を受け止めることに成功したが、すぐさま突き飛ばされ床に倒れてしまい、敵の犯行を防ぎきれなかった。
(治癒魔法が、効かない……!
なんて強い魔毒……!)
ヴァレリアの治癒魔法ならば一瞬で全回復できる程度のケガであった。
だが凶刃にこめられていた敵の魔力が体内で荒れ狂い、まるで身体の自由がきかない。
敵を暗殺するためだけに鍛え上げられた能力。
そんなものに特化した連中が口にする正義とやらが正しいなんてこと、あるわけがない。
(この者たちを逃がしては駄目です……。
ユウキ……、ランベルト……!)
ヴァレリアは意識をうしなった。





