事実上のナンバー2
第三騎士団の行進もけっきょくは何事もなく終わり、第四騎士団の順番となった。
あのフォルトゥナートに干渉する趣味はないので当然スルーする。
まああの軽薄そうな笑顔をふりまいて、そこそこいい仕事をするのではないだろうか。
さて問題ありそうな人間たちが終ってしまって、勇輝はヒマになった。
「どうしよっかな。セラは何かしたいことある?」
『いいえありません。ランベルト様とクラリーチェ様のご様子を見に行かれては?』
無難な模範解答がかえってくる。
「そうだね。ま、あの二人はなんでも問題なくやっちゃうから俺の力なんていらないと思うけど」
『信頼しているのですね』
「二人ともマジメだからさー」
にわかに出世して立派な身分を得てしまった二人だが、もともと大真面目な性格をしているだけあって大きな失敗はしそうにない。
「でもまあ、冷やかしに行ってみるか」
クリムゾンセラフの姿勢をひるがえし、勇輝はまた来た道を戻っていった。
教皇、各省庁の長官、そして評議会の面々が列席するもっとも上位の空間にヴァレリア・ベルモンドは着席していた。
中央はもちろん教皇聖下。世界で唯一純白の僧服をまとう神の代行者である。
そのうしろには赤い僧服をまとった枢機卿が並ぶ。
軍務省の長官であるヴァレリアは教皇のすぐ後ろ、押しも押されぬ上位の地位にいる。
背筋をのばし気品ある態度で着席していたヴァレリアであったが、ふと客席の一角をみた瞬間に表情をくもらせた。
――貴賓席にいたはずのユウキがいつの間にかいなくなっている。
ヴァレリアがそれに気づいたのは、勇輝が第二騎士団のもとにたどりついたタイミングでのことだった。
ジェルマーニアの皇族二人と同席していたはずなのだが、結局じっとしていられなかったようだ。
あいかわらずあの聖女は権威とか権力とかいうものに興味をしめさない。
さすがに出会ったばかりのころほど幼稚ではなくなってきたが、それでも本質はかわらず自由人のままだ。
――どこで何をやっているのやら。ユウキだけはわかりませんね。
あの聖女だけは本当に分からない。
何度聖都を救ったかしれないが、その裏で騒動ばかりおこしてもいる。
淑女として振る舞えといったって聞くわけもなし、また大人しくじっとしているような性格ならこの聖都はとっくの昔に廃墟と化している。
とにかく餌付けして放し飼いにする以外にやりようがないのだ。
ここがあなたの家ですよと、初期段階でそう認識させることができなかったらとおもうと、さすがのヴァレリアもゾッとする。
外で何をしているか分からなくてもとにかく日が暮れれば帰ってくる、帰ってくれば何をしていたのか話を聞くことができる。
話を聞くことができれば対応もできよう。
この方針でどうにかこうにか今日までやってきた。
金にも権力にも興味を持たず、別世界の正義感で勝手気ままに動きまわる最強戦力。
こんな存在に嫌われたら世の中はメチャクチャなことになる。危ないところだった。
――ユウキをこの世界に届けてくださった聖女エウフェーミアは、そこまで先を読んで軍務省長官であるわたくしを里親に選んだのでしょうか。
目の前を通り過ぎていくパレードをながめながら、ヴァレリアはそんなことを考えていた。
が、横から突然ささやかれて、彼女の意識は現実に引きもどされた。
「いやしかし、羨ましいかぎりですなあ」
「はい?」
ささやいてきたのはとなりに座る法務省長官だった。
余談だが先代の法務省長官こそ勇輝の第一被害者である。
まだ数か月前のことだ。
「何かおっしゃいましたか?」
ヴァレリアは小声で聞き返す。
ここは客席から丸見えの位置であり、立場上《見られる側》であることを意識しなくてはならない。
「うらやましいと申し上げたのですよベルモンド卿」
ねっとりとからみつくような嫌らしい笑みをうかべて男はささやいてくる。
まあここにいる男たちはだいたいがそういう笑顔の持ち主なので、ヴァレリアは慣れている。勇輝だったら反射的に殴っていたかもしれない。
「これでいよいよあなたの権威は不動のものですな。事実上聖都のナンバー2といっても過言ではありますまい」
「まあ、それは過分なお言葉ですよ」
宗教的には頂点が教皇、次に枢機卿、そして司教、司祭……とつづく。例外として遠くはなれた国に大司教という特別な身分をおくこともある。
政治的には頂点はやはり教皇、そして次が各省庁の長官だ。
長官は教皇が任命し、これは枢機卿の中から選出される。
各省の長官は横ならびの身分であって上下の関係はない。せいぜい勤続年数によって先輩後輩の気づかいが生まれるていどだ。
「またまたあ、今やあなたの名声は教皇をもしのぐほどと民衆はさわいでおりますぞ?」
ジロジロと心の奥を探るような視線が突き刺さる。
ヴァレリアはつとめて冷静に彼のおぞましい意思を無視した。
「不敬ですよ。わたくしはそれほど大それた者ではありません」
ヴァレリアは正面に向き直りこれ以上の会話をする意思はないと相手にしめした。
相手も自分たちの身分と場をわきまえ、それ以上発言することはなかった。





