マジカル馬車で市中引きまわしの刑
「おいーっす」
装甲馬車のドアを勝手に開けて勇輝は侵入した。
「わーっ! 家宅不法侵入ーっ!」
あわてて壁ぎわに逃げるベラン先輩。
馬車の中って《家宅》ではないはずだが、これはどういう犯罪になるのだろうか。
ともかく紅い目をした侵入者はズカズカと奥に進み、家主の仕上がり具合を確認しに行く。
だがベラン先輩は顔を部屋の角に押しつけんばかりに突っこんで、意地でも見せようとしない。
とりあえず見えるのは新しく作り直した軍服。
オレンジ色に赤色を数滴まぜたような明るい色だった。たぶんベラン隊の女子たちによるセレクトだろう。
髪型は、うざったい前髪をすべてうしろに回してフォーマルに結いあげてあるようだ。公の場に出るときは顔を隠さないのが基本マナーだった。
「ふーん、いい感じじゃないっすか?
顔は? どんな感じ?」
勇輝は右からまわりこんで顔をのぞき込もうとした。
しかし先輩はプイっと左をむいて隠してしまう。
ならばと左からまわりこんでのぞき込もうとする。
だが今度はプイっと右を向いてしまう。
「おのれ往生際の悪い!」
イラッっとした勇輝は右拳で馬車の内壁をガン! とたたいて魔力を送る。
わずか数秒後、馬車の内側は全面ミラーハウスに変化した。
右も鏡、左も鏡、上も下も奥も手前もぜんぶ鏡、鏡、鏡!
「ギャアアアアア!!
あたしの癒し空間がなんか悪い酒場みたいにーッ!!」
叫ぶベランジェール。
世の中にひどいことは数あれど、こんなことをできるのは勇輝だけである。
だがこれでようやく勇輝は彼女が生まれて初めて全力で努力した姿を見ることができた。
「うん、やっぱり可愛かった」
「あう……」
ベラン先輩は顔を真っ赤にそめて何もできなくなってしまった。
「頑張りましたね」
「……うん」
化粧に関して勇輝はド素人だ、どこからどこまでが素顔のお手入れで、どこからがお化粧の力だとか。あるいは特殊な魔法で底上げされているかもとか、それは分からない。
だが最終的な結果は見ただけでわかる。
ベランジェール・ド・ボファン嬢は仲間たちの献身的な努力にささえられて、見事な変身をはたしたのだった。
そんな彼女を見て微笑む勇輝。
恥じらうベランジェール。
残念だがのんびりしている時間はもうなかった。
ドンドンドンドン!
ちょっと荒っぽくドアがノックされる。
「もう時間ですよ!
今すぐでないと!」
「オッケー!」
勇輝はキャバクラ状態の壁にもう一度魔力をながした。
さあ行きましょう、うんでも……なんてチンタラやっているヒマはない。
うむを言わさぬ強硬手段だ。
ウイイイン……! ウイイイン……!
馬車の屋根と壁が機械音を出しながら展開されていく。
「えっ、えっ、ば、馬車が、あたしの馬車が、えっ」
ベラン先輩がオロオロしているうちに、壁も天井もゆっくり開いて丸見えになってしまった。
「ホアアアアッ!? バッ、バッ、アタッ、あたしの馬車っ、壊っ!?」
「ほいお次は座席ね、ここに座って~」
勇輝は床を変形させて豪華でド派手な座席を作り出した。
サイズは大きく見映えがするように。
真っ赤な革製のシート。
フレームは金でメッキをほどこした。
普段使うには趣味が悪いが、こういうお祭りには派手なほうがいいだろう。
「はい座って~しっかりつかまってね~」
「えっえっえっ」
「動きまーす」
ウイイイン……!
何とイスの下にも大きな機械が入っていて、ベランジェールごと椅子をお空にむかって高々と持ち上げていく。
「ヒイイイイ!
あたしの愛車になにしてくれてんの!?
ほんとちょっと馬車じゃないよこれもうーっ!?」
叫ぶベランジェールをよそに作業は続く。
今度は展開されていた壁と天井が元にもどってきて、持ち上げられた先輩の下で元通り組み立てられる。
「あとでちゃんと元に戻しますよ」
暴虐の犯人は平然とそんなふうに言いながら、屋根の上に豪華なイスとベラン先輩をおろす。
大騒ぎしたわりに、最終結果は装甲馬車の上に立派なイスをのっけただけの形だった。
「ほらこのままでパレードに行って来てください」
「へ……?」
あっけにとられているベランジェールをよそに、ベラン隊の部下たちは「おおっ」と声をあげた。
「素敵、これすっごくいいです!」
「聖女様ほんとうにありがとうございます!」
「それではレッツゴー!」
ベラン隊のみんなもさすがは側近だ。
時間をおいたらまたグズグズ消極的なことを言いだす隊長の気性を理解している。
「えーっ!? ほ、ホントにこのまま行くのー!?」
「いってらっしゃーい!」
こうして新・第二騎士団長ベランジェール・ド・ボファンは市中引きまわしの刑――もとい熱狂する民衆たちの祝福をうけに出発したのだった。
「さて今度はリカルドのおっさんたちだが。
むしろあっちのほうが面倒くさそうだな」
見送りを終えた勇輝は、つぎに第三騎士団のもとにむかった。





