気の抜けた炭酸水のような二人
パレード当日がやってきた。
昨夜からすでに聖都のいたるところであらゆる身分の人間たちが浮かれていたり議論していたりと、平静さをやや失いかけている。
良くも悪くもめったにないお祭り状態なのだ。
時代遅れと評価されてひさしい聖騎士団の歴史に一石を投じる、《騎士団総長》誕生の日である。
一般庶民や外国人のような無関係の者たちからすれば単なるお祭りの日だ。
しかし聖都の内部、とくに影で権力闘争をしている高位聖職者や豪商たちからすれば、これから何が起こるか分からないという熱い時代の幕開けであった。
内側から見るとハチャメチャなことになっている聖騎士団の派閥争いであるが、外側から見ると本日のお披露目パレードで一件落着するように見える。
というのも今回再編成された聖騎士団の人事が、おそろしいほどの偶然によるものだが、奇妙にバランスのとれたものにおさまったからだった。
軍務省長官 ヴァレリア・ベルモンド枢機卿。
騎士団総長 フリードリヒ・フォン・ギュンダーローデ。
第一騎士団長 エーリッヒ・フォン・クロイツァー。
第二騎士団長 ベランジェール・ド・ボファン。
第三騎士団長 リカルド・マーディアー。
第四騎士団長 フォルトゥナート・アレッシィ。
第五騎士団長 マキシミリアン・ロ・ファルコ。
遊撃隊隊長 ランベルト・ベルモンド。
新しく第一騎士団長に任命されたエーリッヒという人物はもともと第一騎士団の副団長だった男。単にひとつ上へくり上がっただけの平凡な人事だ。
これまでネチネチと続いてきたつまらない派閥争いの件だが、今回の人事で親ヴァレリア派と反ヴァレリア派の比率は3:3:2となった。
はみだした残り2は新・第二騎士団長ベランジェールと第四騎士団長フォルトゥナートである。
二人が中立となることで両派閥の比率は対等となった。
ベランジェールが中立を宣言した理由は、
「めんどうくさいから」
という気の抜けた炭酸水みたいな理由だった。
彼女は親ヴァレリア派からすると《聖女の学校の先輩》であり、反ヴァレリア派からすると《戦友の一人娘》だ。
いかにもコミュニケーション能力のひくい陰キャ娘でありながら、不思議と両者のあいだを取り持つバランサーの立場を得た彼女。
しかしその重要人物ベランジェールは、新しい炭酸水をもとめず気の抜けた炭酸水をそのまま飲みつづけるような女だった。
「めんどうくさいからこのままでいいもん」
とまあいつもの女子会みたいなこんなノリで、決定的な立場をふいにしたのだった。
フォルトゥナートも似たようなものだ。
「あのオバサンちゃんと仕事してんじゃん、もう別にいんじゃね?」
周囲にこんなことを言うようになったし、聖女にプロポーズしてフラれるという有名な珍事件もおこした。
もともと浮雲のようなつかみどころのない性格をしているのもあって、派閥争いという多大なカロリーを消費する行動に嫌気がさしたようだった。
むろん真実は別にある。
《呪われし異端者たち》の一員として潜伏しつづけなくてはいけない。
今はとにかくどうでもいいような軽薄な人間でありたいのだ。
まだ動くべき時ではない。今はまだ。
かくして保守派でもない改革派でもない、気の抜けたノンポリシー主義ふたりによって対立構造がうやむやになるという、シケシケな理由で長年の内部問題は解決にむかおうとしていた。
こうなってくると気に入らないのは軍の内部ではなく、外部の権力者たちである。
ただでさえ民衆から高い人気をほこるヴァレリア・ベルモンドの権勢が、いよいよ抑えのきかないものになってしまう。
――自分が次の教皇になるためには、あの女狐をなんとかせねば。
陰でそんな風に考える男たちが日に日に増えていた。





