移動する引きこもり部屋
一週間の時が流れた。
以前からの知り合いも最近知り合ったばかりの人たちも、それぞれ自分がやりたい行動ややらなきゃいけない行動をとりつづけている。
パウル皇子たちは最近大人しいようだが、帰る直前になればきっとまた遊びかたが派手になってくるだろう。
傭兵少年ラースは意外な律義さでルカの訓練につき合ってくれている。
聖騎士団との交流もついでにやっているようで、大人たちからちょっと可愛がられているようだ。
フォルトゥナート団長はすっかり姿を見せなくなった。
どうやらあきらめてくれたらしい。
ランベルトとクラリーチェは毎日忙しそうに働いている。
ヴァレリアはこのところ難しそうな顔で考えていることが増えた。しかし勇輝には何も言ってこないので邪魔をしないほうがいいだろう。
今、聖都は聖騎士団のパレードが行われるということで、お祭りの前夜みたいなにぎやかさになっていた。
近ごろ大いに活躍している聖騎士団が人事を一新して体制の強化をおこなう。
新しい時代の波が来ているのを民衆も感じとっていた。
しかし。
「ア”~ヤダヤダもうヤダ。
千年くらい引きこもりたい……」
その《波》のほぼ真ん中にいる女、ベランジェール・ド・ボファンは思い切り憂鬱な日々をおくっていた。
彼女は今、第三騎士団と遊撃隊の合同訓練にこっそり混ざっていた。
場所はあいかわらず聖都の外、東部の大草原である。
自分の家や第二騎士団の施設にいるとフリードリヒおじさんがやって来て余計な世話をやきたがるのだ。
ここは敵対派閥のド真ん中なので身をかくすには最適だった。
「こういう面倒くさいのキライなんですよ本当に……」
軍用装甲馬車の中で体育座りをして、ベランはブツブツつぶやいている。
「アウトドアで引きこもりってどうなんだ先輩」
勇輝は馬車の中に首を突っ込みながらツッコミをいれた。
ベラン先輩は遠隔操縦特化型という珍しいタイプの機兵使いなので、自分が乗る守護機兵を持たない。
なのでこんな装甲馬車を個人所有していた。
ガチガチに硬い鋼鉄製の車体がどことなく持ち主の引きこもり精神を表現しているように思えて、ちょっと面白い。
「もっと言ってやってよ聖女様。最近ずっとこんな調子さ」
ベランの側近、ジェニー・ディ・ディオニジがあきれ顔でお願いしてきた。
「美人になりたくねえんだと」
「そんなんじゃないもん!」
馬車の中から興奮した声が飛んできた。
美人に《なりたくない》のではない。
美人に《なれない》と強く思っているので、むなしい努力をしたくないのだ。
しかも美人になれたとしてもさらに愛想をよくしろとか騎士団長らしく振る舞えとか、面倒な要求がどんどん追加されるに決まっているのだ。
それがイヤでイヤでしょうがない。というのがベランの思い。
「まあ気持ちは分かりますよ。
女騎士イコール美人じゃなきゃいけねえ。
聖女イコール清らかじゃなきゃいけねえみたいな空気はありますからね」
勇輝も両手をひろげて肩をすくめた。
人は勝手に相手のイメージをひろげて、そのイメージと違うことをしたら怒りだすという厄介な生物である。
「いっしょに頑張りましょうや。
ベラン隊のみんなもいるんだし」
「……うん」
ベラン隊というのは女騎士だけで編成されたベランジェール嬢の側近たちである。
今現在彼女たちは第三騎士団の男たち相手にみごとなコミュニケーション能力を発揮し、《なんとなくここに居てもいい空気》を作り出すことに成功している。
「そんなことより見せてくださいよ遠隔操縦。練習はしてるんでしょ?」
「うん。じゃあちょっとウサばらしにやっちゃいますか!」
ちょっとは気分が上向いてきたようで、ベラン先輩はようやく馬車から出てきた。
陽の光を浴びてあらわになった彼女の軍服姿はヨレヨレで色もあせ、毛玉が浮いている。
……うん、ちょっとぐらいはおしゃれに気を使ったほうがいい。
「あたしこう見えても守護機兵はキライじゃないんです」
そういうと彼女は愛用の水晶玉をかまえた。





