素敵な夜()
マリアテレーズ、ダリア、カミラ、そして勇輝。
美女四人を乗せた馬車が高級酒場の前に停まった。
「この店なのね?」
マリアテレーズ皇女殿下の言葉に勇輝は無言でうなずいた。
すでにペネムから情報を得ている。
パウル皇子はうわさの金髪といっしょにこの中だ。
「では参りましょう」
やや緊張した面持ちで皇女殿下は歩きだした。
めったなことはないと思うが、いざという時は勇輝たちがマリアテレーズ殿下を守らなければいけない。
いかにもお姫様という風情の殿下を守るように三方をかこんで、勇輝たちは店内へと入っていった。
「いやそうですか高貴な身分に生まれるというのは苦労がたえないのですなあ」
「いえいえ騎士団長殿ほど過酷でもありません」
ジェルマーニア帝国皇子パウル・フォン・ニュスライン=フォルハルト。
聖都ラツィオ聖騎士団第四騎士団長フォルトゥナート・アレッシイ。
男たちは以外とあっさり意気投合し雑談をたのしんでいた。
うわさの金髪美女は皇子のかたわらで静かに話を聞いている。
「ミーシャ、退屈はしていないかい?」
「いいえちっとも」
ミーシャとよばれた彼女はおだやかにほほえみ上品に食事を楽しんでいる。
華やかでありながら自己主張せず、また物静かでありながら陰気ではない。
――さすが皇子殿下ともなるといい女を連れている。
まわりの男たちは誰もがそう思った。
「聖都へはお二人で観光にいらしたので?」
「名目上は視察ということにしましてね」
フォルトゥナートの言葉にパウル皇子はニッとほほえんだ。
「こんな風に自由に動けるのも父が元気なうちだけですからね。
それでも理由を作る必要がありましたが。
最近はげしい話題が絶えない聖都の実情をこの目で見てくる必要がある、叔父の手紙に書いてあることと妹の手紙に書いてあることが正反対なので第三者の視点が必要だ――なんてもっともらしく言ってやりましてね」
「それはそれは」
フォルトゥナートは愛想よく笑っているが、皇子殿下の口の軽さを内心で軽蔑した。
自国の情報収集能力が低いと言っているようなものではないか。
そして彼のいう叔父とは聖都の第一騎士団長フリードリヒ・フォン・ギュンダーローデ。
妹とはマリアテレーズ・フォン・ニュスライン=フォルハルト皇女。
二人の意見が真逆になる案件というのはつまりヴァレリア・ベルモンド枢機卿の能力と人柄に関する評価だ。すぐに分かった。
なにせフォルトゥナートは聖都の第四騎士団長だ。分かるに決まっている。
ちゃんと騎士団長だと名乗っているのにこんなことをベラベラしゃべるこの皇子。
はたして大帝国の皇帝になってもいい人材なのだろうか。
いや世界の破滅と再生をねがう《呪われし異端者たち》の一員としては歓迎するべきか。
――寒いねえ。
フォルトゥナートは苦笑しながらグラスをかたむけた。
彼の苦笑に気づいているのかいないのか、パウル皇子は上機嫌で笑う。
「今夜はじつにいい夜だ。
異国での出会いに乾杯!」
グラスをかかげる皇子殿下の後頭部に、氷のように冷たい声が突き刺さった。
「あらそれではわたくし、悪い時に来てしまったようですわねお兄様」
「ん?」
声をかけられた本人は酔っていたので反応が遅れた。
となりに座っていたミーシャの顔色が一瞬で真っ青になる。
「こ、皇女殿下!」
腕をくんで仁王立ちするマリアテレーズ皇女殿下。
こめかみに青筋が浮かび、目には怒りの炎が宿っていた。
どうやらおだやかな話し合いにはならないようだ。





