本日のお天気は晴れときどき天使
その日の昼休みのことである。
勇輝のクラスにめずらしく緑髪の女騎士ダリアがやってきた。
彼女も学園の生徒ではあるものの、ほとんどすべての時間をマリアテレーズ殿下の側仕えとして行動しているため、あんがい接点は少ない。
「ユウキ様、至急相談したいことがあるため、ご足労願えませんか?」
「皇女殿下が?」
はい、とダリアはうなずく。
用事があってもふだんは放課後に来いというお人なので、よくよくの事だろう。
わかったといって立ち上がる勇輝のうしろ姿にクラスメイトたちの声がかかった。
「聖女さまはいいなあ。
私もそんな夢みたいな生き方がしてみたい」
それが嫌味のない純粋なまなざしをむけられてのものだったので、勇輝は返答に困ってしまい笑ってごまかした。
夢のような人生、まあ確かにそうではある。
だが彼女たちのいう夢と勇輝の思いえがく夢では、ずいぶん違いがあるように感じられた。
彼女たちは勇輝のことをヒロインか何かだとでも思っているのだろう。
だが勇輝が目指しているのはヒーローである。
女の身体でなにがヒーローだという気持ちはもちろんあるが、それでも自分の魂にウソはつけない。
勇輝がヒロインに見える要素があるとすれば、それはヒーローを目指しているからだろう。
目指す目標があるから人はつらい努力もできる。
どんなにすごい才能をあたえられても、目標がなければ人はそれを腐らせるだけだろう。
閑話休題。
ダリアにみちびかれ《白い城》までやって来た。
「急に呼びだしてごめんなさいね」
マリアテレーズ殿下はさっそく本題に入った。
「実は私の兄のことで相談したいことがあるの」
「はあ、あの皇子様ですか」
この人もうわさ話を真にうけているのか……と嫌な気分になったがそうではなかった。
「昨日あなた一度はここへ来たけど誰もいないからそのまま帰ったんですってね。
ちょうどあなたと入れ違いでお兄様がまたいらしてくださったのよ」
「はあそうでしたか」
おそらくラースの《鉄騎士》を壁外に空輸していたころだろう。
「でもすぐにお帰りになってしまって、私たちは校門まで見送りに行ったのね。
お兄様は馬車でお帰りになったのだけれど、その時にね」
マリアテレーズ殿下はグッと身を乗り出した。
「馬車の中に綺麗な金髪の女性が乗っているのをこの目で見てしまったの!
まわりの娘たちはあなたじゃないかって言いだしたけれど、私の目にはあなたより少し背が高いように見えたわ!」
どうやら悪いうわさの発生理由はこれらしい。
パウル皇子がこの聖都で金髪の美女を連れまわして遊んでいる。
きっと聖女だ!
……と証拠もなしに考えるのはバカすぎるが目撃証言があるというのだから、とりあえずその金髪美女は存在するのだろう。
「だからね、あなたにお兄様の身辺をちょっと調べてほしいのよ」
「なぜに俺をご指名で?」
「だってあなたはアレが使えるじゃない」
皇女殿下は指先を天井にむけクルクルと回転させた。
偵察用ドローンのことらしい。
「なるほど、でもその金髪さん恋人とかじゃないんですか?」
いくら兄妹でも旅行先での恋愛を邪魔する権利はあるまい。
しかし皇女殿下はきびしい表情で勇輝を見つめた。
「……お兄様にはすでに婚約者がいらっしゃるのよ。
華やかな赤毛のご令嬢よ。昨日みた金髪とはあきらかに違うの。
もし間違いがあったなら私はお兄様とお話ししなくてはいけません」
おやおや。
皇子様は危険な火遊びがお好きですか。
「なるほどね……、でもドローン使う必要はないかもしれないですよ」
「どういうこと?」
「こっちはこっちでちょっと小耳にはさんだ情報ってのがありまして」
昨日の夜、たまたまエウフェーミアに会いに行って聞かされた話。
最近姿を見せなくなった不良天使ぺネムが、実はいま皇子殿下をチェックしているという。
あいつに話を直接聞いたほうが早い。
勇輝は意識を集中させ、ペネムに呼びかけた。
(ぺネム、ペネム、応答してくれ)
魔力に意思をこめて、周辺に拡散させる。
無線機とか携帯電話を使う感覚に似ているかもしれない。
二十秒ほど呼びつづけたところ、品のない声がかえってきた。
(ああん、なんだよダメ聖女)
(ちょっとこっち来て話を聞かせろクソ天使。
お前がストーカーしている皇子様のことだ)
(んー、ちょっとお嬢様には刺激の強い話になっちゃうゼ?)
下品な笑顔が目に浮かぶようだ。
またさらに数十秒の時をかけて、天使は《白い城》に降臨した。
天上から降りそそぐ光。
ゆっくりと舞い降りる天使。
ゲスな性格をしているくせに、こんな時だけは格好をつけたがる。
ハッとした表情で身をかたくするマリアテレーズ、ダリア、カミラの前で、不良天使はうやうやしく一礼した。
「ごきげんよう皇女殿下、オレは天使ぺネム。
あなたのお兄さんのことは、聖都に着いたときからよく知っていますよ」
なんか早くも化けの皮がはがれかけているような気もするが、大丈夫だろうかこの男。





