夜のお話
ここは世界の東の果て。
聖女エウフェーミアの守護領域である。
聖女の超絶魔力で創りだした謎の球状結界。
その中にある謎の花園。
さらにその中にある小さな湖、となりに建つ白い館。
さらにさらにその中にあるオープンテラスで伝説の聖女様は優雅に紅茶を楽しんでいた。
ちなみにこの謎空間、来るたびに景色がちがっていたりする。
聖女の気分次第でどうとでもカスタマイズできてしまうようだ。
「あらあ、ずいぶん久しぶりじゃないの」
伝説の聖女様の第一声は皮肉であった。
「私たちのことなんて忘れちゃったのかと思ってたわ」
「いや最近ちょっと忙しくってさ」
勇輝は後頭部をかきながら着席した。
「聖都は最近騎士団の人事異動やらなんやらがゴチャゴチャしててさ、俺も仲間が増えたり新兵器開発したり色々やってるんだ」
「それはペネムから聞かされているわ」
「ああ、あいつ一応仕事もしていたんだ」
聖都に連絡係として派遣されてきた不良天使ぺネム。
人々のエロシーンやらギャグシーンやらをのぞき見しているだけかと思ったが、やるべき事もそこそこやっていたようだ。
「地上でずいぶん活躍しているようね」
「まいどまいどギリギリだけどね」
「辛くはない?」
「あえて誤解をおそれずに言えば……楽しんでやってるよ」
怖いし痛いし、悲しい思いもする。
だが戦場にはそれだけではない何かがある。
それがあるから勇輝や聖騎士たちはいつだって戦場に集うのだ。
勇輝の満ち足りた表情をみて、エウフェーミアは天をあおぎため息をついた。
「やーだつまんないなー。
お姉さんとして色々アドバイスしてあげたいのにー」
こういう時エウフェーミアは同世代の女の子みたいな態度になる。
かるく数百年ほど生きているはずだがそのほとんどがこんな世界の果てでの生活。
精神年齢は実年齢ほど大人ではないのかもしれない。
「ははっ、アドバイスより助けに来てほしかったかな。
邪竜の時はホントにギリギリだった」
「いざとなったら行ってあげるわ。
本当はだめなんだけどね」
「ダメなことなの?」
エウフェーミアはテーブルを指差し、クルクルと回した。
キラキラと光が踊って新しいティーセットと茶菓子があらわれる。
「あんまり手助けしすぎると人間は努力ができなくなるのよ。
籠の鳥になってしまうような手出しはむしろいけないことなの。
自分たちで巣を作って、自分たちでエサを探して、自分たちで外敵から身を守れる。
そういう強い魂になれるよう導いてあげるのが正しい道なのよ」
フームと勇輝はうなり、出されたお茶をすすった。
支援とは魚をあたえることではなく、魚の釣り方を教えることだ――などという言葉を何かで見たことがある。
「ねえそんな事より!」
エウフェーミアは身を乗り出して紅い目をキラキラ輝かせた。
「あなた最近男の人にモテているんですって?
ペネムがお腹をかかえて笑っていたわよ?」
「あの野郎……」
なにがそんなに楽しいのか、エウフェーミアはニッコニコの笑顔だ。
「あの子いま皇子様とお付きの人を見守っているそうよ。
あなたも人違いでうわさになるなんて大変ね」
「はあ? どういうこと?」
聞き返しても彼女は答えてくれず、クスクスとふくみ笑いをしている。
「明日になったら分かるんじゃない?
それよりも、あなたが来るのを待っていたのは私だけじゃないのよ。
あの子たちの相手もしてあげて」
あの子たち、と指差された方向には十二天使の一人、黒騎士マルツォの姿があった。
『ユウキ、剣の修行は怠けていなかっただろうな?』
「大丈夫さ前より強くなったよ、俺」
『なら久しぶりに見せてもらおうか』
マルツォの後ろに追加で数機、やる気ありそうな連中が待機している。
「よおしっ、じゃあ久々に師匠たちに相手してもらおうかな!」
勇輝はクリムゾンセラフを呼びだし、同じ熾天使型の先輩がたに稽古をつけてもらった。
……翌日。
眠い。眠すぎる。
勇輝は学校をサボりたい気持ちをグッとおさえて、馬車で登校中だった。
今朝はクリムゾンセラフでの登校はムリだ。交通事故を起こしてしまう。
エウフェーミアに会いに行った夜のあとはだいたいこうだった。
身体はベルモンド邸の自室でずっと眠っていたのだが、魂は肉体を離れて世界の果てまで飛んで行っていた。
しかも調子に乗って夜明けまで十二天使たちと色々な勝負をしまくってしまった。
剣技、格闘技、競走、力くらべ……。
目が覚めた時、ほとんど魔力を使い果たしていてヘロヘロだった。
身体は元気なのに精神は疲労している。
このアンバランスな健康状態を調整するのに一番いいのは、ただひたすらに寝ることであった。
睡眠は自然と身体の不都合をととのえてくれる。
というわけで勇輝は馬車の中でウトウトとまどろみながら学校へ向かう。
ゆれる車内で熟睡はできないが、無いよりはずっとマシだった。
「あふ……」
あくびをしながら教室の中に入る。
お嬢様学校でこんな態度の悪い生徒は少数派だ。
遠くからクスクスと忍び笑いをする声が聞こえた。
笑ってんじゃねえよ。
自分がほんのちょっと今より弱かったらお前ら全員とっくの昔に死んでいるんだからな。
そんなことを考えながら着席する。
すぐ隣の女生徒が話しかけてきた。
「ずいぶん眠そうですのね」
「ああちょっと昨日は訓練がハードでね」
「ウフッ、ハードだったのは本当に訓練ですの?」
「は?」
勇輝が視線を向けると、女生徒はニヤニヤ笑いながら耳元でささやいてきた。
「知らぬは本人ばかりかしら?
最近毎晩ジェルマーニアの皇子殿下と逢瀬を楽しんでいるって評判ですのよ?」
「……は?」
またなにか変な誤解が広まっているようだ。





