武装商隊きたる
「もったいなーい、じゃホントにプロポーズ断っちゃったんですね」
「断ったよ」
あと何回おなじ話をさせられるのやら。
勇輝はうんざりしながら騎士団詰め所の中を歩いていた。
詰め所についたのがすでに夕方だったので、ちょっと話をしているうちにすぐ彼女たち《ベラン隊》の終業時刻になった。
私服に着替えてしまうともう普通の女性と見た目は変わりない。
かなり用心深く見れば体格が標準よりゴツいと気づくが、そういう見方をする人間はそもそも戦闘とか暴力になじみの深い人種だろう。
「これからあたしたち街に出て飲むんだけど聖女さまもどう?」
「いや、さそってもらえるのは嬉しいけどそろそろ家に帰らないと」
「えーっ残念」
タハハ、と苦笑しながら勇輝はことわるしかない。
これ以上あんなゲスの話題なんてしたくないのに、周りがほうっておいてくれない。
世間の興味とか熱みたいなものがすっかり冷めるまで逃げ回るしかなかった。
詰め所の出入口から出た瞬間に、勇輝は右手の指輪からクリムゾンセラフを呼びだした。
「セラ」
『はい』
ベラン隊の女性陣がおどろき歓声を上げるなか、セラは機体をふわりと着地させる。
「それじゃ!」
片手をあげてあいさつする勇輝。
先輩たちはおどろいたり見とれたり、ちょっとした騒ぎだ。
技術的にちょっとした問題があって《持ち運べる守護機兵》というのはまだクリムゾンセラフしかない。
指輪から出てくる巨大な天使という出来事は、初めて見る人にとってとても衝撃的なものだった。
「いやあまったく聖女様ってのはとんでもないね」
ジェニーさんに言われて、笑顔をかえした。
中に乗り込み、空へ飛びあがる。
夕陽にてらされた北部の街並みが眼下にひろがる。
民家から炊煙があがり、飲食店では大人たちが酒を酌み交わしていた。
じつに幸せそうで、楽しそうな光景。
自分も早く帰ろう、そう思った。
だがチラっと城門を見た時、見たこともない集団が入ってくるのに気づいてその場にとどまってしまった。
「……なんだろうアレ」
北部の城門がひらかれていた。
門のむこうからけた外れに大型の馬車やどぎつい色彩の守護機兵が続々と入ってくる。
あきらかに騎士団のものではない。
勇輝はいったん地上に降下して、まだ敷地内にいたベラン隊に呼びかけた。
『先輩!』
「ほえっ!?」
ベラン先輩は巨大な影が急に上からふってきて、ぶったまげていた。
『あ、すんません。なんか北門から見たことない連中が入ってきてるんですけど』
「ん~?」
先輩が首をひねっていると、隊員が横からアドバイスをくれた。
「あれじゃないですか、武装商隊の定期便が来るころじゃありませんでしたっけ」
「ああそれだー!」
『武装商隊?』
聖都で暮らしはじめて何か月もたったが、初めて聞く単語だ。
「はいはい、自分たちで傭兵団を組織して、国と国とを渡り歩く流れの商人たちなのよ」
「そんなものがあったんすね……」
思えば聖都の外からきている人たちともけっこうな人数知り合っている。
悪魔に襲われても大丈夫な移動手段がなければ不可能なことだった。
「もう遅いんで市場がひらかれるのは明日からだと思いますよー。
興味があるんなら明日どうぞー」
「あざっすー!」
いいかげんなあいさつをして、ようやく勇輝は本当に帰宅した。
武装商隊。
つまり旅の商隊。
それも北門を使うからには北からやって来たはずだ。
なにか情報をえられるかもしれない。
すすめられた通り、明日いってみることにしよう。
今日はとりあえず家に帰ろう。
腹が減った。家族も心配しているだろう。
『ユウキ様』
「ん?」
セラが話しかけてきた。
邪魔する者のいない大空で、二人きりだ。
『ユウキ様は、いつか結婚するのですか?』
「は!? お前までそんなこと言うのかよ!?」
『あのフォルトゥナート様とはしないという気持ちは理解しています。
しかし、いつか、誰かと、するのですか?』
「さ、さあ……」
正直なところ男と結婚とか恋愛とか、したいとは思わない。
だが周囲のお嬢様がたがみずから望む人生を生きているかっていうと、どうやらそうでも無いようで、個人の感情なんて関係なく将来を決められてしまう日が来てしまう可能性もある。
以前マリアテレーズ皇女殿下が言っていた《高貴なる者の責任》というやつだ。
そういえばちょっと前、エウフェーミアにも「あなたには幸せになってほしい」なんて言われたことがあった。
適当なところで気持ちに折り合いをつけて男と結婚するなんて、そういう日がもしかして来るのだろうか。
『私は、聖女の鎧です』
「んっ?」
『いつでもお側にいます』
「うん?」
勇輝の頭上にハテナマークが浮かんだ。
セラが何を言いたいのか分からない。
「なんの話をしてるんだ?」
『私は聖女の鎧なのです』
話がループしている。
「もしかして『私が』って言いたいのか?」
『…………』
「ひょっとしてお前、あのゲス野郎に嫉妬してんのか?」
『違います』
「じゃあさっきからなに言ってんだよお前」
『違います』
「だったら何なんだよ……」
『私は聖女の鎧ですと、それだけの話です』
「なんかお前怒ってる?」
『怒っていません』
「でも機嫌悪いよな?」
『悪くありません』
会話をしているようで会話になっていない。
こういう時どうしたら良いのだろう。
よく分からないままベルモンド邸に到着し、勇輝はクリムゾンセラフから出る。
セラはやっぱりどことなく不機嫌そうだった。





