聖都北部下町の聖女焼き
翌日、放課後。
勇輝は予定通りベラン先輩をたずねるために聖都北部へやって来た。
「そういえば北部って初めてだなあ」
聖都の中央には教皇が住むという宮殿があり、すぐ近くに大聖堂や各政庁が立ち並ぶ。
その周辺は高級住宅街があって、ベルモンド邸も中央南側に存在する。
中央から離れるごとに地価はだんだんと安くなっていき、城壁のそばになると日当たりが悪い上に悪魔の被害にあいやすくなる《悪かろう安かろう》の場所となっていく。
目的地の第二騎士団詰め所は、地図を見る限り城壁近くの下町にあるようだ。
壁外にいつでも出動できるように、との立地だろう。
いそぐ話でもないため、勇輝は気まぐれに歩いてむかうことにした。
「なんだろう、なんとなく落ち着く雰囲気の街だなあ」
大通りの商店街をキョロキョロとながめながら道をゆく。
ちょうど夕食の材料を買う客があつまるピークタイムだ。
様々な年代の客が食べ物をもとめて商店を行ったり来たりしている。
中年の主婦が小学生くらいの男の子をひっぱって歩いている姿を見て、勇輝は日本にいた時のことを思い出した。
――俺も子供のころは、ばあちゃんとあんな風に。
昔を懐かしんでみて、ふとこの街の雰囲気を気に入った理由が分かった気がした。
にぎやかな下町の空気が勇輝の住んでいた町に似ているのだ。
この世界に来たばかりのころは、ベルモンド邸の静かすぎる夜が落ち着かないと感じていたものだった。
しかしいつの間にかすっかりそちらの方に慣れて、この騒がしさを忘れていたのだ。
自分を育てた原風景を思い出して、勇輝はしんみりしてしまった。
そっと目を閉じてみる。
音が聞こえる。
街の雑踏。
老若男女の話し声。
客の呼び込みを行っている店員の声。
スーッと大きく息を吸い込んでみる。
排気ガスも粉塵もない、汚染されていない空気。
だが人の密集地帯だけあって不快な臭いも感じられる。
しかしそんな中で、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがただよってきた。
「さあいらっしゃいいらっしゃい!
鶏の香草焼き、できたてアツアツだよー!!」
店先で呼び込みをしている店員のお兄ちゃん。
その横でむずかしい顔をした老人がまさに職人の手つきで鶏を焼いている。
そうだ、いまは夕食前だ。
勇輝は胃腸の健康な十代女子の身体なのだ。
急速に食欲がわいてきた。
「腹が、へった」
店を探そう。
勇輝は早足で歩きだした。
残念だが鶏の香草焼きはさすがにヘビーすぎる。夕食が食べられなくなってしまう。
もう少し胃に負担の軽いもので、しかしそれでいて満足感のあるもの。
「何がいい、今の俺にふさわしいものはなんだ」
けっこうお惣菜屋さんみたいな店はたくさんあった。
塩魚の串焼き。
いい色に焼けていて旨そうだが、鶏と同じ理由でアウト。
アメやビスケットのバラ売り。
うーん、ちょっとパンチ不足。
あと日本製品の完成度を知る身としては申しわけないがクオリティが物足りない。
ジュースフルーツの路上販売。
あ、懐かしい。聖都に来たつぎの日に飲んで以来だ。
しかしジュースって気分でもないんだよな……。
豚の串焼き。濃厚な自家製スパイシーソースがかかっている。
……うん、今のところ第一候補。でももうちょっと見て回ろうかな。
牛の腸詰。塩でゆでたもの。
塩味だけかー。これだったらさっきの豚串のほうが……。
「くっ、どういうことだ、落ち着け、俺は北町の物量作戦に翻弄されているのか!」
店はまだまだある。
これだけ見てしまうともう全部見てから決めたくなってしまうが、さすがにそこまでの時間はない。
何より勇輝は今腹をすかせているんだ!
「くっ、俺は聖女だ、この街を救ったんだぞ、それなのに俺にふさわしい食いものがないっていうのかよ!」
もはやわけのわからぬ戯れ言をほざきはじめてしまったが、その時。
「あ~聖女焼き~、聖女焼きいかがっすか~」
「んっ?」
なんか気の抜けたやる気のない声が聞こえる。
なに聖女焼きって。
火炙りにでもすんの。ジャンヌダルクなの。
見ればやる気の無さそうなお兄ちゃんがボロい屋台でクレープ的な何かを焼いていた。
「ふーん?」
何作ってんのかとのぞいてみると、店員のお兄ちゃんに話しかけられた。
「あ、らっしゃ~い」
「聖女焼きってどんなの?」
「へへ、これだよ」
男はトングをつかって、シロップにつけ込んだ真っ赤な果物を持ち上げた。
「フラーグムの実をさ、こうやって」
焼いた生地の上に白いクリームをたっぷりと塗って、その上にフラーグムとやらの実を乗せて巻く。
やはりクレープみたいな料理だ。
「ふーん、実を眼に見立てたのかぁ」
「どうだい一つ」
「うん、もらおうかな」
勇輝はポケットから小銭をとり出してわたした。
「……うん、うまい!」
「だろう!?」
フラーグムというのはけっこう酸っぱい果実だった。
シロップ漬けにしてさらにクリームでつつんだことによって、全体的なバランスがよく整っている。
酸っぱさ、甘さ、コク、三味一体のうまみを土台の生地がしっかり受け止めている。
この店、大正解。
「いつかはこの味で聖都中の人間たちにアッと言わせてやるんだ!」
「そうか、がんばれよ」
「ありがとう!」
男に握手を求められたので、勇輝は応じた。
その時、男は初めて勇輝の瞳の色に気づいたようだった。
ルビーのように輝く紅瞳に。
「えええええええええっ!!!」
「じゃあな」
まさか本物の聖女が客としてくるとは思っていなかったのだろう。
大騒ぎする男を放置して、勇輝は歩きだした。
さあ腹はほどよく満ちた。騎士団へいこう。





