第十六話 ランベルトの死闘
「ハアアアアーッ!」
ランベルトは樹木を蹴って跳びあがり、巨人の顔面に斬りかかった。
白いオーラを全身にまとった彼は、まるで夜空を流れる流星のように素早く、そして美しい。
だがそれは巨人の手によって防がれ、黒い手のひらを浅く切り裂く事しかできなかった。
「チィッ」
一つしかない目を狙った、唯一まともに通用しそうな攻撃だった。
だがそれは巨人にとっても予想の範囲内だったらしい。意外と素早い動きで防がれてしまった。
――グギギギギ……!
巨人は傷ついた手のひらをさすりながら、さらに殺意を燃やしてランベルトをにらんだ。
命を持たぬ偽りの身体でも、痛みは感じるものらしい。
――ガアッ!
巨人は片足を上げて踏み潰そうとしてきた。
象のように巨大な足が高速で襲いかかる。
ランベルトは敷石の上を転がって、辛くもそれから逃れた。
巨人は足を止めず、立て続けに三発、ランベルトめがけて足を踏み降ろす。
ドガン! ドガン! ドガン!
まるで大砲でも炸裂したかのような轟音を響かせながら敷石は砕け散り、辺りに粉塵をまき散らす。
ランベルトはそのわずかな粉塵にまぎれ込んで巨人の足に斬りつけた。
巨人は思わぬ反撃に悲鳴を上げる。
――ギャアッ!
巨人が足をふってランベルトを追い払おうとするが、彼はとっくにそこから避難している。
「ハハッ、意外と何とかなるものじゃないか!」
予想外の大健闘に、彼はそんな軽口を叩いた。
もしかしたらこの調子で味方が駆けつけるまでの時間を稼げるかもしれない。
そんな甘い事を考えた次の瞬間、彼は自分の目を疑った。
公園のベンチが、もの凄い勢いで自分めがけて飛んでくる。
素手ではらちが明かないと判断した巨人が、手近な物を投げてきたのだ。
「う、うおおっ!?」
バキャッッ!!
血相を変えて飛びのくランベルトの真横で、木製のベンチが派手に砕け散った。
彼のあわてた様を見て有効だと判断したのか、巨人は目に付くものを片っぱしから投げ始めた。
ゴミ箱。
植え込みの柵。
もう一度ベンチ。
……投げる物を探すのも面倒くさくなったのか、花壇の土を掘りかえしてそのまま投げてきたりもする。
「クッ、ハアッ、何のっ!」
華麗に、とまでは言えないが、ランベルトはそのデタラメな攻撃をどうにか避け続けた。
近づけないため反撃のしようもないが、時間かせぎにはなっている。
だが、彼の活躍もそこまでだった。
目の前にせまる巨大な影。
大きな木が彼に向かって飛んできた。
広場の植木を引っこ抜いて投げつけてきたのだ。
「うおおお、お、大き過ぎる!」
ランベルトは力の限り飛び退いた。
だが避けきる事が出来ずに枝葉の中に巻き込まれてしまう。
硬い地面に全身を打ちつけて、彼は意識を失いかけた。
「く、クソっ……」
それでも諦めずに身体を起こそうとするが動けない。
幹に足をはさまれて、身動きが取れなくなってしまった。
――グ、フ、フ、フ、フ……。
ようやく動きを止めたランベルトを見て、巨人が残酷な笑みを浮かべる。
「ふ、不覚」
ランベルトは無念の思いに唇をかんだ。
勝ち目が無いと分かっていたはずだった。
だがこうして追いつめられてからわき上がる感情は、悔しい、負けたくないという思いだけ。
巨人がゆっくりと迫ってくる。
ランベルトはもうその様を黙って見続けることしか出来ない。
せめて剣があれば顔面に投げつけてやる所だが、あいにく地面に叩きつけられた衝撃で手放してしまったらしい。
どこにいったのか見当もつかなかった。
「ランベルト!」
クラリーチェが悲鳴を上げながら駆け寄ろうとするが、彼は大声で制止した。
「来るな! 自分の職務を全うするんだ!」
お前にまで死んで欲しくない。
血のつながらぬ兄のそんな想いが伝わってくるから、クラリーチェは立ち尽くし、それ以上動くことができない。
「そ、そんな、そんな……!」
巨人が右足を上げた。
そのまま踏み潰すつもりだ。
視界が巨大な足で埋めつくされる。
圧倒的な死の気配に、ランベルトは観念した。
「助けて……、誰か彼を助けて!」
クラリーチェの声が理解できるのか、黒い巨人はさも心地よさそうに笑みを浮かべた。
誰にでも分かる残酷な現実がそこにあった。
あんなに強く勇敢だった若騎士ですら太刀打ちできなかったのだ、誰にも助ける事なんてできない。
分かりきった事だから若騎士は助けを求めず、乙女は涙を流し、そして巨人は笑っていた。
巨人の大きな足がランベルトに迫る。
あと数瞬で彼の命は失われてしまう。
だが、その時は来なかった。
『そおぉこぉまぁでぇだああああぁぁぁっ!!』
間延びした大声とともに現れた大きな影が、横合いから巨人に体当たりをかました。
――ウガッ!?
片足立ちになっていた巨人は大きくバランスを崩し転倒する。
無様に倒れたままの姿勢で、巨人は自分を突き飛ばしたモノの正体を見た。
それは、先ほどまでじっとうずくまっていた守護機兵の像だった。
『あっぶねえー、ギリギリ間にあったぜ!』
像の奥から、品のない女の声が響いてくる。
油の切れたブリキのおもちゃのようにぎこちなく動く機兵像を見て、その場にいたものは全員おのれの眼を疑った。
まさか、そんな、ありえない。
あれは動かない、動くわけがない。
だってあれはニセモノだろう!?
自分の命の危機も忘れて、人々はその機兵モドキを見つめていた。
『ふうううー』
ギギギギ……、と機兵モドキはぎこちない動きで両の拳を腰の辺りに持っていき、思い切り全身に力を込めた。
するとその甲冑の表面に大きな亀裂が走る。
ピシッ、ピシッ、ピシッ――。
亀裂はどんどん広がり続け、やがてその機体の全身を埋め尽くしていく。
と、そこで黒い巨人が動いた。
きっとこの悪魔も何かが起ころうとしているのを感じたのだ。
――グウウアアアアアアッ!
巨大な右拳が機兵モドキの胸部を粉砕した。
外見だけはそれらしく立派だった鎧が砕け散り、破片が周囲にぶちまけられる。
そしてそれをきっかけとして、ヒビの入っていた全身が丸ごと砕け散っていく。
胴体も、両脚も、腕も、顔も。
すべてが砕け、周囲に粉塵をまきちらす。
その光景を見た民衆の中から悲鳴がこぼれた。
謎の機兵も敗れてしまったと思ったのだろう。
……だが、ランベルトとクラリーチェは顔色を変えずにじっと見守っていた。
本職の戦士である彼らだけは、敵の様子に変化がある事を敏感に察したのだ。
巨人の顔から笑みが消えていた。
拳を突き出したままの姿勢で硬直している。
単眼の巨人は、厳しい顔で正面の粉塵を見つめていた。
『ありがとよ』
粉塵の中からなぜか、感謝の声がする。
『殻を破ってくれたおかげで、やっと自由に動けるぜ』
視界がやや良くなり、その中に巨大な影が存在しているのが見えてきた。
黒い巨人は右拳を引いて身構える、そして今度は左拳をくり出そうとした。
刹那、反対に粉塵の向こうから巨大な拳が飛び出してきて、巨人の顔面をブン殴った!
『さんざん好き勝手にやってくれたな、ここから先は俺のターンだ!』
粉塵の内側から突風が起こった。
風はたちこめる粉塵を吹き飛ばし、中にひそんでいた物の正体を明らかにする。
そこに立っていたのは、一対の白い翼を生やし、真紅の鎧に身を固めた天使だった。
現れた天使はランベルトを拘束していた木を持ち上げ、邪魔にならないよう広場のすみに放り投げる。
『わりぃ、思った以上に時間がかかっちまった』
「ユウキさんなのですか、乗っているのは、あなたなのですか?」
『ああ、ここは任せてくれ』
恐る恐るたずねるランベルトに向かって、紅い天使は力強く答えた。
『このクリムゾンセラフで、あの一つ目野郎をブッ飛ばしてやる!』





