なめたらいかんぜよ
学園をあとにして、今日も第三騎士団のもとへ向かう。
予想通り新米騎士たちが殺す気か、というほどしごかれていた。
「リカルドさん、ちょっとやりすぎじゃねえ……?」
「ああ? おめえ最近よく顔出すな?」
「いやまあなんとなく。それよりちょっと休ませないと……」
みな生気を失った真っ青な顔で剣をぶつけ合っている。あきらかなオーバーワークだ。
刃をつぶした練習用の剣なのだろうが、あんな意識朦朧とした状態じゃ事故をわざわざ起こそうとしているようなものだ。
勇輝が文句を言うと、リカルドはチッと舌打ちしてふて腐れた顔になった。
「オメーが来るたびに甘やかしてたんじゃ変なクセがついちまうじゃねえか」
「クセがつくまえに全員死ぬわ!」
「しょうがねえな、一分休憩!」
「もっと休ませろよ!?」
たがいに介抱しあう新米たちを置き去りにして、二人は歩きはじめる。
「アンタなんだってあんな無茶を」
「鉄は熱いうちに叩くものなんだよ」
「だからって」
「地獄を知らねえ奴は訓練で強くても実戦じゃ動けねえ。
今のうちに小さな地獄をたくさん経験させる必要があるんだ。
ついてこれねえ奴はやめちまえって話だ。
若くて五体満足なうちに別の仕事を探すほうが幸せってもんだろ」
「うーん……」
当たり前のことではあるが勇輝みたいな人生は本当に特殊な例だ。
普通の人間はもっとも基本的な守護機兵である《兵卒》を乗りこなすのですら、長く厳しい訓練を必要とする。
そうまでして念願の機兵乗りになれたとしても、ドラゴンブレスの一発でその他大勢的な死をむかえるケースが実際にあった。
――だから戦場に夢を求めるな、あそこは地獄だ。
というリカルドの人生哲学は理解できる。
しかしそれだけではないはずだ。
戦場には味方との絆を感じる瞬間とか、終った時の解放感とか、あの場にしかない物がたしかに存在する。
「んなことよりオメエ、あれどうすんだよ」
「あれって?」
リカルドがアゴをしゃくって示した先に、大男の騎士が手をあげて立っていた。
「ゲッ」
「やあ奇遇だね!」
しらじらしいウソをついて大男、フォルトゥナートが近づいてくる。
「なんか用かよ」
「いやーこの前フラれた理由が分らなくってね」
クズだからだよ。
率直にそう思ったが、そんな言いかたで通じるような奴なら二度も顔を見せたりしない。
「初対面で処女かどうか聞いてくるような バ カ を気に入る奴はいねえよ!」
「へえー、そっかー」
バカを特に強調して言ったのだが、動じる様子はない。
この男どうやら大事な回路が数本プッツンしているらしい。
「ねえ聖女ちゃん」
「ああん?」
まさかとは思うがこの男、勇輝の名前を知らない可能性がある。
「オレといっちょ勝負しない?」
フォルトゥナートは腰の剣をグイっと持ち上げながら、ニカっと歯を見せて笑った。
「武闘派聖女なんだからさ、言葉よりこっちのほうがお互いのこと分かり合えるんじゃないかと思って」
「……ふうん」
「べつにこっちが勝ったからってケッコンしろとは言わないよ?
手加減もちゃんとしてやるつもりだしぃ?」
「…………」
勇輝の気配が変わったのを察して、リカルドが話に割り込んできた。
「オイオイうちの縄張りで勝手なこと言わないでくれよ」
「え~いいじゃんそんなおカタイこといわないでさあ~。
ねっ、ちょっとだけ!」
癇にさわる笑顔を近づけられて、勇輝もがぜんやる気になった。
「ルールは?」
「なんでもオッケーだよん」
「ほう、この俺に対して、本当に《何でもあり》でいいのか?」
勇輝は右手の指輪を横へ差し出す。
指輪の中から閃光とともに守護機兵クリムゾンセラフが姿をあらわした。
クリムゾンセラフが、というか人工知能セラがフォルトゥナートを頭上からにらむ。
何も武器らしいものを持っていないのかと思っていたら突然の機兵召喚。
さすがのフォルトゥナートも表情をひきつらせた。
次の瞬間。
突然彼の左右から地面が跳ね上がり、襲いかかった。
バクッ!!
「おわあああっ、なんだコリャ!?」
「パックンフロアーっていう技だ、便利だろ」
左右からすっぽりと包みこまれてフォルトゥナートは身動きが取れなくなる。
「セラ」
『はい』
ドッスウゥゥン!!
クリムゾンセラフはフォルトゥナートの横の地面を強く踏みしめた。
衝撃で地面はゆれ、パックンフロアーは崩壊する。
「分かるな?
実戦だったらお前は踏みつぶされて死んでいた」
「ウエッ、ペッペッ!」
解放されたフォルトゥナートは口に入った土を吐き出している。
「俺に何でもありを挑むってのはこういう事だ」
あえてクリムゾンセラフの巨体を見せつけて意識を上に誘導し。
下からのパックンフロアーで全身を拘束。
踏みつけの振動で死を意識させる。
《何でもあり》なのだから不意打ちだって当然ありだ。
「ああ、まいったな、オレの負けだ。
聖女じゃなかったら第四にスカウトしたいくらいだ」
「やなこった」
目も合わせずに勇輝は拒絶した。





