勇輝VSリカルド
よく鉄は熱いうちに打て、という。
思考が素直で柔軟な新人の時によく鍛えるのが重要だ、みたいな言葉である。
騎士もまた同様である。
思考や戦闘スタイルにおかしなクセがついてから矯正するのは手間ひまのかかることで、できるだけ初期の段階で基本となる技術を身につけさせたい。
そのためにはやはり厳しい訓練を課す必要があった。
ここ新生第三騎士団でも新米聖騎士たちの猛特訓が日々くり返されていた。
世の中からなかば切り離され、聖騎士養成所で数年の寮生活を送ってきた若者たち。
希望と情熱にあふれ、また心身もそれなりに鍛えられているがその反面、夢やロマンチズムといった甘ったるい幻想を胸に抱いてもいる。
新・第三騎士団長リカルド・マーディアーの初仕事は、そんな甘ったるい新人たちに現実の厳しさを思い知らせてやることだった。
早いところクチバシの黄色いヒヨッコどもを一人前にしなければいけない。
でなければ戦場で死ぬ。
まったく格好良くもない、美しくもない、グロテスクで血と汚物にまみれた、まわりが目を背けるような。
そんな死体になってしまう。
そんな《とっても》かわいそうな目にあわせないために、《ちょっぴり》かわいそうな目にあわせてやるのがリカルド流だった。
今日は面白い客が顔を見せたので模擬戦を見せてやることにした。
客とは彼らのアイドル、生きた伝説、見てくれだけは超絶美少女こと紅瞳の聖女ユウキ・アイザワ。
いずれ間違いなく歴史に名を残すであろうスーパーヒロインのうわさと現実の違い、リカルド団長みずから相手になって見てもらった。
搭乗機はいつものケンタウロスとクリムゾンセラフ。
新米騎士たちのお勉強会なので分かりやすく白兵戦のみにしよう。
たがいに刃をかまえてにらみ合う両者。
期待に胸を高まらせる若者たち。
だが開始早々、彼らはドン引きした。
『野ぁ郎ぉぉブッ殺してやぁぁる!!』
聖女の愛機クリムゾンセラフから山賊みたいに下品な怒鳴り声。
そのまま肩に刀をかつぐようにして紅の天使は突撃を開始した。
突撃を受け止める騎士団長も似たようなものだ。
『ヒヒッ!』
卑しいという表現がピッタリの笑い声を出しながら雑に長剣を振り上げる。
斬撃なんて上等なものではない。力まかせの雑なスイング。
『だありゃああ!!』
『ウラアッ!』
ゴワシャアアン!!
鼓膜が破裂しそうなほどの轟音が訓練場に響きわたった。
『ブッ潰れやがれクソ親父が!!』
『十年はええっつんだクソガキ!』
両者、罵りあいながら激しくぶつかり合う。
刀と長剣がぶつかり合い火花が散る。
拳や足も使い殴り、蹴り、つかみ、ひっかく。
あげくの果てには地面を蹴って目つぶし攻撃まで使い始める。
騎士団長とか聖女とか、そんな立派な肩書きのある高貴な方々の戦いぶりとはとても思えない。
戦法がゴロツキのそれだ。
『フンガー!』
しまいには噛みつき攻撃だ。
クリムゾンセラフの口がガバっと開き、ケンタウロスの肩に噛みついた。
『ぐあっ痛ちち……このアホ!』
ケンタウロスは痛みにうめきながら指を二本たてて、それをクリムゾンセラフの顔面に突っ込もうとした。
二本の指は正確に眼球を狙っている。
『おわぁアブネッ!?』
あわてて勇輝はクリムゾンセラフの身体を離れさせた。
『殺す気かクソオヤジ!』
『ナメたこと言ってんじゃねえ、実戦訓練だろが!』
フーッ、フーッ。
両者はげしく動きまわったせいで息を荒くしている。
ほんの数秒にらみ合いを続け、たがいの武器を握りなおす。
『オアアアアアアアアアア!』
『ウオーッ!』
両者同時に武器を振りかぶり、真正面から激突した。
ガギィッ!!
何度目かのぶつかり合い。火花を散らせながらきしむような嫌な音がした。
『シネゴラアアアア!!』
『グガアアアアアアアアアアアッ!!』
はげしく火花を散らせていくうちに、だんだん人間の言葉ではなくなっていく。
もはや獣と獣。
愛とか正義とか、そんなものは微塵も感じられなかった。
そこにいるのは凶器をふるい命を削りあう二匹の獣。
『ウギイィイィィィィイ!!』
ビキィッ!
クリムゾンセラフの一撃をケンタウロスがまともに受け止める。
長剣に大きな亀裂が入った。
クリムゾンセラフの刀も刃がボロボロで、まるでノコギリみたいになっている。
『おし、ここまでだ』
『えっ、ちょちょちょ、いきなり』
急にリカルドが素に戻って、模擬戦をうち切った。
勇輝もワンテンポ遅れて動きを止める。
『少しはマシになってきたな』
『まー俺はしょっちゅう殺し合いしてますからね』
軽口を言い合いながらも勇輝はクリムゾンセラフの傷を修復させる。
二十秒とかからず機体は新品同様になり、ギザギザのノコギリみたいだった刃も元通り。
『リカルドさんも』
『ああ? 俺はいいんだよ触んな』
クリムゾンセラフが伸ばした手を、ケンタウロスが避ける。
『ダメっすよ、修理代だってタダじゃねえんすから』
強引に機体を捕まえて、勇輝は勝手に直してしまう。
『ケッ、嫌なところが親に似てきやがった』
『へへ』
戦いが終っても新米騎士たちはあぜんとしたまま、顔を引きつらせ立ちすくんでいた。
恐ろしくもあり、下品でもあり。どう表現したものか分からずにいる。
なにか得体のしれないすごいものを見せつけられてしまったのは分かる。
彼らのイメージする戦争とか決闘とかいうものとはかけ離れた、荒れ狂う嵐のようななにか。
『どうだ、お勉強になったろ』
自分たちの団長にそう話しかけられて、彼らはハッと我に返り姿勢を正した。
『戦場はまず気迫だ!
目で殺せ!
声で殺せ!
オーラで殺せ!
敵の心を殺しちまえばあとは簡単なもんだ!』
「ハイ!」
「……フッ」
リカルドは笑った。返事だけは良いやつらだ。
さてそろそろ次の訓練を……と彼が考えたところで、横から拍手が飛んできた。
パチパチパチパチ。
「いや~ご高説ごもっともごもっとも。
いいもん見せてもらったわ」
拍手しながら歩いてくるのは若い大男。
第四騎士団団長、フォルトゥナート・アレッシィ。
『珍しい客だな。何か用かい』
敵対派閥の重要人物が突然の来訪。
リカルドに緊張がはしる。
「ああ、まあ」
フォルトゥナートはクリムゾンセラフにチラっと視線を送った。
「ちょっとそっちの聖女さまにね」





